東方鬼人伝
「ガハハハ!」
「ハハハ!」
酒が入って二人の話もずいぶんと盛り上がった
そんな中、不意に山から霧がかかってきた
「おや、霧だ。」
「こりゃあ早く帰んねぇと大変だ」
霧がかかってきた途端に茂村はいそいそと帰り支度を始めた
九郎も茂村と一緒に帰り支度を始めたが
霧がかかってきたくらいで何故茂村が帰り支度を急ぐのかがよくわからなかった
「じいさまよ、霧になったからってそんな焦って降りる必要あるめぇ」
いつもは逆に酔い潰れるまで酒盛りをやりたがる茂村の態度の変化に
九郎は何やら良からぬ雰囲気を感じたが
あえてそう声をかけた
「これが焦らずにいられっか………そうか、童子は知らなんだな。 山さ降りたら教えてやる、とりあえず急げ」
「……おぅ」
やはり何かあるのか―――
九郎はそう思いつつ
帰り支度を急ぎ
逃げるように山を降った
「もう麓だ、そろそろ教えてくれやじいさまよ。」
「おう……おめえももう子供じゃねぇからな、教えてやる」
麓に降りると
一寸先も見えないような濃い霧が嘘のように晴れていた
また、あれだけ濃い霧の中を歩いたにも関わらず
二人の服は少しも濡れていなかった
「森原のじいさまの話……覚えとるか?」
森原のじいさまと聞いた九郎は少し嫌な顔をした
森原老人はまだ九郎が小さな頃に居た猟師で
ある霧の濃い今日のような日に山に入ったきり、何日経っても帰ってこず
茂村をはじめとする村人が多数で捜索したところ
無惨な姿で発見されたのだ
すぐさま訃報は村に届けられ、森原老人は狼か熊の手にかかったのだろうとして
村長の判断で山にそのまま埋葬された
九郎の村では山で死んだ人間は山神の管理下に置かれるとして
遺骸を持ち帰ってはならないと言う習慣があったのだ
「森原のじいさまが、狼や熊にとられるとは俺もおもわなんだからな?
徳の高い修験者様に頼んで一緒に山に入ってもらったんだ、するとな」
「すると?」
「修験者様がな、難しい顔になってな
『悪いが此処等は非常に強い力を持ってる奴等がたくさんおるからワシごときの法力じゃ一生かかっても太刀打ちできん。それに神様も居らっしゃるから結界を張ることも出来んわ、罰当たりやしな
それに、普段はなんやえらい強力な結界が張られとるみたいや
それでも此処は神様の通り道やから、神無月や神様がここを通る時に誰かが張った結界が緩くなるんやろ。
ま、悪いことは言わん
霧が出たら山を降りることやな、でないと知らんと結界の内側から迷いでた妖怪に食われるかかどわかされてしまうで』
と言ったんだ」