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【6/12サンプル】rivendicazione【臨帝♀】

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「ねえねえそういえばさー、ふたりとも母方のイトコって言ったけどどういう血縁関係なの?」

さっきまで不貞腐れていた狩沢さんが何事もなかったかのように割って入って来た。
僕と京平さんは顔を見合わせてちょっと苦笑する。

「えっ、何スかその目くばせ」
「意味深~」
「いやなに。帝人の母親とうちの母親が姉妹同士なんだ」
「ちょっとーそれだと普通じゃん。さっきのふたりの反応からするとその説明だけじゃ済まない感じがしたんだけどぉ?」

狩沢さんの鋭い指摘に京平さんは諦めたように目を伏せた。

「姉妹は姉妹なんだが、俺の母親のほうが妹で、帝人の母親が姉なんだ」

「えっ……と、ふたりの年齢差は?」

ちょっとだけ目を瞠った紀田くんの問いに苦笑しながら「八歳」と答えると、一拍置いてからみんな揃ってうーんと唸った。

「一、二歳の年の差ならそういう逆転も結構聞きますけど、八歳ってこれまた特殊ッスね」
「なになに? お姉さん、婚期逃しでもしたの? それか結婚したあと子どもがなかなか出来なかったとか?」

その先は僕が説明した。

僕の母は学生の頃から既に父と付き合っていたのだけれど、それを母の父親――僕にとっての祖父が許さなかったのだ。駆け落ちだなんだと騒動を乗り越えてようやくふたりが結婚出来た頃には妹である叔母さんのほうはとっくに他所へ嫁いでしまっていた。両親の結婚式の写真を見ると、幼少時の京平さんがしっかり写っている。
ちなみに祖父が娘は嫁にはやらんと最後まで譲らなかったため、父が婿入りした。そのせいで竜ヶ峰竜也という、竜の字がふたつもあるすごい名前になったりしたのだが、生まれた娘に帝人なんて名前を付けるようなセンスの持ち主だからあまり気にしていないらしい。出来ればそこは一般的な感覚を持っていてほしかった。おかげであなたの娘は自己紹介のたびに苦い思いをしています。なんて言ったところで父も母もまともに受け取ってはくれないのだが。

「はあー……ご両親の人生、波瀾万丈ッスねぇ」
「ホント。面白い話聞かせてもらったわ」

満面の笑みを浮かべた狩沢さんがありがとうとお礼を言ってきた。この手の話は女子のほうが食いつきが良い。やはりこの中で一番目を輝かせていたのは狩沢さんだった。お礼にさっき買ってきた本いくつか貸してあげると言い出すので、僕は慌てて両手を振った。
「そんな、いいですよ!」
いいからいいからと笑って狩沢さんは取り合ってくれない。

「だったら、その、僕もひとつお訊きしたいことがあるんですけど……」

「ん? なになにー?」

「『ドタチン』て、まさか京平さんのことだったりします?」

僕の質問に狩沢さんだけでなく京平さんまで目を丸くする。
実はさっきからずっとそのことが気になっていて、いつ尋ねようかとタイミングを窺っていたのだ。ドタチンという言葉に、僕は聞き覚えがあった。正確には見覚えがあると言うほうが正しいけれど。

「え? そうだよーその通り。ね、ドタチン」
「その名前で呼ぶなっつってるだろ!」

あだ名がお気に召さないらしい京平さんには申し訳ないが、その事実に僕は喜びを感じていた。やったあと両手を挙げたい気分だった。
ドタチンが京平さんであるなら、彼の近くにあの人はいるはずだ。

「京平さん、甘楽っていうハンドルネームに心当たりありますか?」

「かんら……? いや、ないが、そいつがどうかしたのか?」

甘楽というのは、僕がよく訪れるチャットルームの管理人の名前である。彼女と、それにもうひとりの常連さんと毎夜チャットでやり取りをするのがここ一年の僕の習慣になっている。
ふたりとも池袋かその近辺に住んでいるのだろう。チャットでは池袋で起こっている事件や出来事がよく話題に上がる。変わらない日常につまらなさを感じていた僕にはそのどれもが魅力的だった。特に甘楽さんは情報通のようで、僕の興味をそそるような話をたくさん持ってきてくれた。
僕がこの池袋にやって来たきっかけのひとつが、その甘楽さんだ。
池袋の話題には特に食いつきが良いことは当然彼女も分かっていたのだろう。いつの頃からか彼女においでよと何度も、それはもうしつこいくらい誘われるようになった。
ずっと憧れだった池袋。行けることならぜひ行きたいと思っていた。そしてもともと傾きかけていた天秤は、紀田くんの「一緒の高校行こうぜ」という一言で完全に『池袋』の側に傾いた。気持ちが固まったらそこから先は速かった。必死になって両親を説得し、高校も両親が納得するレベルのところに合格し、晴れて僕は憧れの地池袋に住めることとなった。
池袋に住めることになりましたとチャットで報告したら甘楽さんも我が事のように喜んでくれた。
チャット機能のひとつである内緒モードでやり取りを交わしたりすることもあるくらいに仲良くなった女性。池袋に来たからには、せっかくだから彼女に一度会ってみたい。
そして甘楽さんが会話の中でたまに出してくるのが、ドタチンという単語だった。僕が何度「ドタチンて誰?」と尋ねても全然答えてくれなかった。むしろわざとスルーして僕の反応を面白がっていた。
(まさかその「ドタチン」が京平さんのことだなんて……)
思わぬ繋がりに口許が緩む。池袋に着いてまだ何時間も経っていないというのに、この展開はなんだろう。すごく面白いことが起こりそうな予感がする。

「それはそうと帝人、池袋で暮らすにあたってひとつだけ忠告がある」
「え、どうしたんですか、そんな改まって……」

京平さんは少し怖い顔つきで一言、「折原臨也には近づくな」と言った。

「オリハライザヤ?」

僕に負けず劣らずなすごい名前だ。反射的に紀田くんのほうを見ると、なぜか彼は顔を強張らせている。

「絶対に、何があっても奴には近づくなよ」

それは忠告と言うよりも、有無を言わさない警告だった。京平さんがそこまで言うオリハラ何某とはどのような人物なのだろう。絶対に近づくなと言われてしまうと逆に興味が湧く。

そのうえ京平さんたちと別れた後、紀田くんにまで「折原臨也には関わっちゃだめだぞ」と念押しされた。

「そのオリハラって人、どんな人なの?」
「お前なーそんな風に目ぇきらきらさせて訊くなよ……」
「だって気になるじゃん」
「………………ここで俺が何も言わなかったら絶対帝人はあとで躍起になって調べるだろうから、仕方ないが教えてやる」
「さすが紀田くん、僕のことよく分かってるね」

で? と笑顔で続きを促したら、紀田くんは深々とため息をついた。

「新宿を主体にしている情報屋。ヤーさんとも繋がりがあるんじゃないかって噂もあるヤバい奴。顔は良いけど性格が最悪で、味方よりも敵の数のほうがずっと多い。その前に味方なんてものがいるのかも微妙」

情報屋。
そんなものが東京には実在するなんて、東京はすごい。わざわざ情報屋と掲げるくらいだから、探偵や調査員とはまた違うのだろうか。

(そういえばどこかの掲示板で『新宿の情報屋』ってフレーズ見た気がする。どこの掲示板で、どんな内容だったっけ)