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さとがえり

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「玉藻ー? どうした、具合でも悪いのか? 布団、敷こうか?」
鵺野は見るからに脱力した玉藻へ見当違いの気遣いをする。狙われている自覚がないのは鵺野本人だけだ。具合が悪くないといえば嘘になる。最初の予想以上に神経を磨り減らしているのでその申し出はすこし有難い。
「……お願いして、いいですか」
「よっしゃ、ちょっとまっとけ」
おっしゃ! と妙なオヤジ臭い気合いを入れて席を立つ鵺野の手首を、玉藻は咄嗟に掴んだ。
「そのまえに……お願いがあります」
「なんだよ。改まって」
「……キス、させて下さい。あなたの霊気が欲しい」
昼間の続きを言外に求めてくる玉藻に、そして本当に神経(妖気)をすり減らしている玉藻に気がつき、一旦は立ち上がるつもりの膝を再び突いて、鵺野は真面目な顔で玉藻の顔に寄る。
「本当に疲れてるのな、ずいぶんと気が減っている…気ぃつけなくて悪かった」
「さっきの姉達がとくに酷かったですから…」
自分の頬をなでる鵺野の手に手を重ね、玉藻は少し目を伏せる。
「お前も可愛いところあるなあ。せんせーはうれしいぞ?」
いつになくしおらしい玉藻の反応に、鵺野は照れながらも頬に当てた掌から、そしてゆるやかに重ねた唇から霊気を注いでやる。
ふと、誰かの咳払いが聞こえ、途端、鵺野は現状を思い出した。そうだ、ここはいつものマンションではなく、玉藻の実家で、彼の親もいて―
「あー、もしもしお二人さん。…僕のことお忘れでないかな?」
楽しげな青柳の物言いに、鵺野は状況を一気に思い出す。
(忘れてた! うわ恥ずかしい超恥ずかしい!!)
まさに恥ずか死ぬといわんばかりに頭をかきむしり身もだえるが、それは鵺野だけの話で、玉藻は忘れてなどは勿論なかったし見られても恥ずかしくはないので平気な顔だ。
「ふふ、若いっていいねぇ、昔を思い出すなぁ……あ。」
仲むつまじい若者たちの姿に何やら楽しげな憶い出に耽っていた青柳は、唐突に素っ頓狂な声を上げる。
「そおだ、思い出した。玉藻の姿絵があったんだった、昔の」
ぽんと手を打ち、一人で納得したような様で頷き、「持ってきて見せようねえ」と腰を上げた。『昔の』という言葉に、玉藻の肩がぴくりとする。
「……父上、まさか…」
「うん、そう。玉ちゃんがちっちゃい時に描いて貰った、アレ」
二葉たちのおかげで思い出したよ〜と長閑に青柳が答えれば、先ほど鵺野の霊力で僅かに戻った玉藻の顔色が、再び潮が引くようにさーっと青くなっていく。
「父上…!!」
次の瞬間には、具合が悪いものとは思えない俊敏さで、玉藻は青柳の懐目掛けて跳んだ。
「おおっと、危ない危ない」
飄々とした笑顔はそのままに身を翻し、続けざまに繰り出される玉藻の攻撃を青柳は軽やかに受け、または躱していく。
(おお、すげぇ)
鵺野はコーヒーと菓子皿を手に部屋の隅へ避け、あとは父子の戦いをただ見守る。
狭い室内での立ち回りに、当然食卓は揺れ、空になった食器が派手な音を立てて転がる。まるで舞台の出し物でも見ているかのように模範的な、実によどみのない、しかしそれにしては些か激しい組み打ちだ。
厳しい顔をした玉藻の一方的な攻撃に対して、青柳は余裕の表情を崩さない。受け身に見えて、やはり玉藻の方が劣勢だ。ああ見えて伊達に玉藻の父親はやってないなあ…などと鵺野は変な感心をしてしまう。
気がつけばどこからともなく現れた若狐たちが数人で座敷のあれこれを片付けている。もちろん、二人の戦いをかわしながら、である。その点も実に素晴らしかった。

「いいじゃない、昔のアルバムを見るなんて、付き合ってる相手の家に行ったら一度は通るイベントでしょ?」
「そんな世間一般の、イベント、など、知りません、ね! ましてや人間界の事など…!」
「玉ちゃんだって、当時はノリノリでポーズ決めてたじゃない」
「だから! あの時は訳も分からずにやっていたことであって、決して本意では」
「ああ、もう…全く埒があかないなあ」
青柳は面倒くさそうに、短く刈り込んだ髪の毛を無造作に数本引き抜くと、ふっと息を吹きかける。すると見る見るうちにその一本一本が人の形(もちろん青柳の姿)をなし、それらがぐるりと玉藻を取り囲む。
「大体、この僕に楯突こうだなんて…100年早いよ? 玉ちゃん」
この時の青柳はまさに妖狐と呼ぶにふさわしい表情で、端で見ている鵺野は初めて彼に対して薄ら寒いものを感じた。
おそらくはこれも媒体が違うだけで「幻視の術」なのだろう。ただ、玉藻のそれとは違い、やたらと精度が高い。抜けているように見えて、さすが玉藻の父というところか。
「楽隠居の貴方に、負ける私ではない!」
「あらら〜? 言ってくれるじゃないの。お父さん、久しぶりに本気になっちゃうぞ?」
宣言通りに青柳たちは、四方八方から攻撃をして、ついには玉藻を押し込めてしまう。
(……あー、なんだか昔の俺たちを見ているようだな…)
鵺野は少し既視感のようなものを感じながら見ていると、背後から肩をたたかれる。
振り向いた先にはいつの間にか青柳がいて、「いつのまに!?」と激しく首の反復運動をする鵺野に「あれ、ぜーんぶ僕の分身」と悪戯っぽくウインクをする。
「さささ、今のうちにお宝へご案内〜♪」
襖を開けて隣の間へと鵺野を誘導する。
「!! せ、先生……?…おのれ、父上…!」
「あ、あの…いいんですか? 本当にあれ……」
玉藻はやっと自分が相手にしているのが全て分身だと気付いたが、多勢に無勢でどうすることも出来ない。一方の鵺野は何でもないように青柳に促されるが、足止めを喰らう玉藻が気になって仕方がない。
「大丈夫だいじょうぶ、全っ然問題ないって」
「はあ……でも…」
「じゃあね玉ちゃん、がんばって〜」
そう言い残し、青柳は襖をぴしゃりと閉めた。

結局「見ないで下さい」だの「後生ですから」だの、普段の玉藻からは想像も付かない懇願の数々をBGMに秘蔵のお宝を見せてもらう事になった。

襖を閉じて隔てたすぐ隣の座敷に、所狭しと紙が並べられる。
そこには、子狐(こども)の時代の玉藻がいた。人間でいえば3歳ぐらいから10歳前後といったところか。時代的にどれも着物姿で、勿論、当時は写真などないので、細密で写実的な『絵』だ。そしてこれまた当然のことながら今の玉藻の顔とは違う。さらに言うなら、並べられている絵の顔さえもすべてが同じではない。
しかし不思議なことに、目付きだけはどれも変わりがなかった。
畳紙(たとうがみ)のようなものに包まれていたそれは、絵に関しては素人の鵺野にも一目で分かるほどのすばらしさで、然る所で鑑定して貰ったら結構な値がつく物ではないだろうかと思われた。よくよく見ていくと、じっくりと時間をかけて描き上げたようなものから、デッサンの延長や習作のようなものも混じっていて実に面白い。
なかでも傑作は、恐らく例の姉上達にされたのであろう、赤い、華やかな振袖姿のものだった。
作品名:さとがえり 作家名:さねかずら