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さとがえり

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19



「「「 !!! 」」」

その気に触れた途端、居並ぶ若狐たちは全てを悟った。自分たちが、いったい誰に攻撃を仕掛けていたのかということを…。
「お前達……修行をさぼってこんなことをして」
まともに九尾の妖気を受けた若狐に至っては、自らの所業に恐れおののき原身に戻ってしまっている。丸くなって小刻みに震えている様は哀れを通り越していつ息が止まってもおかしくない程に痛々しい。各々が信じられない悪夢でも見たような青ざめた表情で平伏し許しを請う。
「覚悟は出来ているのであろうの?」
九尾は殊更あでやかに微笑みを見せているが、その声音は酷く冷たい。
「お、お赦しを」
若狐のリーダー格らしい一人が、平伏したまま声を振り絞るが、「ならぬな」と容赦の無い九尾の答えに思わず鵺野は間に割って入った。
「ち、ちょっと待って下さい。それはあんまりにも無慈悲ではないですか?」
若狐たちを背にかばい訴えるが、
「鵺野どのはお優しいことよな。しかし、これは我ら妖狐一族の問題、口出しは無用」
流石に金毛白面九尾狐、身内の不祥事は許さないという姿勢らしい。既に居並ぶ若狐たちの幾人かは覚悟を決めたようで静かに座している。
「いや、それはそう…ですが」
事の始まりはやはり自分だと鵺野は思う。そしていくら狙われたとはいえ命はある。だからおいそれと…生命を捨てさせたくはない。
「そもそもは、九尾(あなた)が人間ぶりっこしてないで最初から正体を現していたならば、無用な諍いは未然に防げた筈だし、」
何とか決意を変えたいと、ただそれだけを考えていて言葉を選ぶ余裕など無い。九尾が眉根を寄せたことにも気づきはしない。
それでもしばらくの沈黙の後、大きな溜め息をつき「あいわかった、ここは鵺野どのに免じて許してやるわ」と、どこか諦めたようなそれでいてさばさばとした口調で九尾は言った。途端に張り詰めた空気がやわらいだ。もちろん鵺野もホッと息を吐く。
しかし命拾いした妖狐達ではあったが、これ以上ない屈辱でもあった。
なにせ敵であるはずの鵺野による助命の嘆願、そしてなにより神である九尾のことを気付くことが出来なかったことは大きな失点、いや汚点だ。無論、修行半ばの若造に正体を見破られるほど九尾は衰えてはいないので当然の話であるが悔しいことには違いない。

「鵺野先生!」
「玉藻?」
月を背に、闇に映える金色(こんじき)の獣が現れた。妖狐形態の、まず頭が人間の形に戻り、地に足が着くと同時に完全に人間の姿に変わる。その表情は居合わせた者達が見たこともない―天狐らしからぬ、冷静さを欠いたものだった。
「どうしたんだ、そんなに慌てて…」
呼吸を一つ整えるのと同調して、玉藻の毛羽だったような輪郭がなだらかになっていく。
鵺野の誰何も余所に彼の両肩を掴み、素早く全身を見渡し、目立った怪我などないのを確認すると、玉藻は心底安堵した溜め息を吐いた。
「どうしたもこうしたも、今し方九尾さまの気が急に現れて……貴方に何かあったのではと思って……よかった…」
そこまで言うと、玉藻は掴んだ肩を引き寄せ、抱き締めた。とたんに若狐を中心にどよめきが起こる。衆目の中の抱擁に、いつもならば照れが先に来る鵺野だが今回は違う。一つ一つの傷は大した事はなくても、数が集まればそれなりに痛みも増す。
「ち、ちょっと玉藻ッ! い、いたたた痛いってば」
鵺野の抗議に少し強く抱き締めすぎたかと苦笑いする玉藻は、しかしその痛がるさまにすぐ厳しい顔つきになった。「……どこか怪我、を?」と、さきほどよりも念入りに体を見つめ、
「なんですかこれは!? ここも、こっちも…ああ、なんてひどい」
「…ただの打撲だよ、大したこと無いって」
鵺野の身体に付いた砂埃や、腕の目立たない部分にある数カ所の軽い擦過傷や痣を発見して、玉藻は何があったのかに気付いてしまった。
「お前達……鵺野先生に何をしようとしたのか、分かっているのだろうな?」
玉藻の髪の毛が、陽炎のような妖気に拭き上げられてふわりと舞う。
まさに一難去ってまた一難。
平伏する若狐たちを見れば、天狐の怒りを恐れてか誰一人顔を上げようとしない。
彼らにとって九尾は恐ろしくはあったが、神である九尾は秘した存在である。生涯のうちに直接拝謁できるものは限られてくるやんごとなき方なのだ。だから九尾の制裁はもはや天災のようなもので、避ける事は難しいし、出会ってしまったならば災難だったと諦めるしかない。
しかし玉藻はちがう。恐れ多いとは言っても手を伸ばせば届くかもしれない距離にいる。その身近な分だけ、尊敬する玉藻本人から向けられる怒りは九尾よりも恐ろしい。しかし自分たちの蒔いた種、その手にかけられるのをよしと思わなければならないとそれぞれに覚悟を決める。
「やめろって! お前、こんなことで短気起こしてなんになるよ!?」
「先生は黙ってなさい。これは我ら一族の問題です」
折角穏便に収まろうとしていたのに、再び火をおこさせてはいけないと鵺野は止めるが、それは妖狐の激情に油を注ぐ結果となるだけだった。
「〜〜っ、やめろっつってんだよ! ボケ!」
鵺野は玉藻の肩を掴み、引き寄せざま右拳で殴った。
人間が、人間風情が、天狐である玉藻を殴った。
並み居る妖狐たちはまたもどよめき、その後のなりゆきを固唾を呑んで見守った。
「まったく九(きゅう)尾(び)さまも玉藻さまも! 俺が良いっつってんだから、いいんだよ!」
「……しかし、敵の情けを受けて生き延びる苦しさも分かって頂きたい」
「分からんね。そんなもん、なんの腹の足しにもなるか。悔しいんならせいぜい技を磨いて、そして俺に向かってこい! いいか、俺に、だ!」
最後の方は、平伏する若狐に向かっての言葉だった。悔しさをバネにして生きてみろと啖呵を切る。今までそんな人間にであったことなどあったか。いや、ない。あるはずもない。若狐たちは新鮮な驚きと感動に震えた。
「…分かりました。では、貴方に免じて許すこととします」
玉藻は若狐たちに向き直り、「聞こえただろう、お前達。今日のところはお前達を許そう。だが…鵺野先生はこう言われたが、私はそんなに甘くはない。先生の前にまず私が相手になるから、そのつもりで」と宣言した。



「おぬしも大概、無茶をする」
「……たぶん、九尾さまには敵いませんよ」
玉藻に伴われて帰ろうとする鵺野を、九尾は呼び止めた。渋る玉藻を控えさせ、二人は先ほども立っていた樹の側に居た。白と黒の美しいコントラストが夜景に浮かび上がる。
「しかし先ほどの啖呵は…実にそなたらしいな。だがあまりにも自分を安く見てはいかんぞ。我らはそういう所につけいるのは得意だからな」
「安売りした覚えはありませんけど、…忠告は有り難くお受けします」
こうやって誰かに制してもらわなければ自分の行動を律することができない自分の一面も鵺野は知っているので素直に頭を下げる。
作品名:さとがえり 作家名:さねかずら