君に、泣く
それだけは、絶対に、避けたかった。
桂が元気を取り戻してくると、僧はよく部屋に立ち寄って話をしていく事が多くなった。説法ではなく、書物の感想など、とりとめもない話だ。
ある日、ふとした拍子に攘夷活動の話になった。
どうせ知られてはいるだろうが攘夷派志士である事を言っていない桂は、気まずくなって口を閉ざす。
一瞬の沈黙の後、僧が言った。
「攘夷、という大義名分という名の下に、戦いに身を投じるのは、悲しいと思います」
それは桂への批判にもなりかねない台詞だった。
だが、桂は何も言わずに耳を傾ける。
「どんなに小さな戦場であろうが、そこで行われるのは命の奪い合いです」
僧は、はっきりした声で、告げる。
「私は命を粗末にする人が嫌いです」
桂は眼を細める。なぜか、口元に少し笑みが浮かんだ。そして、言う。
「では、私の事もお嫌いでしょう。私はこちらの庭で倒れた時、あの時、死が間際まで来ている事をひしひしと感じました。けれども私は、それでもいいと思った。死んでもいいと思ったのです」
話している事に、嘘も誇張も無かった。
だが真実であれ、言わなくてもいい事もある。
けれども桂は、それを言う事で気分を害されようが、この僧侶には話しておきたかった。
僧は桂をじっと見た。
「いいえ。あなたは死んでもいいなどとは思っていません」
柔らかな口調で、そう断言する。
「あの時、倒れているあなたに声をかけると、あなたは少しだけ眼を開きました。そしてあなたは誰かの名を呼んだのです。それは、その人に逢いたかったからではないのですか」
確かに、桂はこの僧に銀時の姿を重ねて、その名を呼んだ。なぜ、そんな事をしたのか理由は分からない。もしかして、僧の言うとおり、桂は銀時に逢いたかったのかも知れない。
「逢いたい人がいるのに、死んでも構わないはずがないでしょう」
僧の声は優しかった。
桂は眼を閉じる。
そして、彼の人の事を想った。
傷も随分と癒え、走るのはまだ苦しいが歩くのは全く普通にできるようになってきた。
そろそろ寺を出なければならないと、桂は思う。だが、僧は桂の傷はまだまだ治りきっていないと考えているようで、歩行訓練などにいそしむ桂を目撃すると、部屋で安静にしているようにと注意した。
多少無理をしているのは事実で、身体がひどく疲れたので、桂はまだ昼過ぎだが部屋で眠る事にした。
怠け癖がつきそうだと不安になりながらも、布団に入るとすぐに寝入ってしまった。
どのぐらい眠っていただろうか。
桂は、部屋の外から聞こえてくる足音で眼を覚ました。
誰かが廊下を歩いているようだ。
次第に大きくなる足音は、荒々しい。そんな歩き方をする人間は、この寺にはいないはずだ。
桂は素早く身体を起こす。
布団の端に隠してある刀をつかんだ。
殺生を嫌うこの寺の僧侶は刀すら嫌っているようだが、だからと言って、桂は刀を手放す気にはなれなかった。
いつ誰が襲ってくるか分からない。
それは桂が今までしてきた事の結果だった。
桂は近づいてくる者の気配を探る。
誰だ。
その者は、桂の部屋の前で足を止めた。
乱暴に、戸が開けられる。
殺気。
猛々しい殺気が流れ込んできた。
瞬時に、桂は布団から出て、刀を持ったまま立ち上がる。激しい動きに脇腹は痛んだが、気にしてはいられない。
桂は、殺気を放つ者の顔を睨みつける。
そして、驚いた。
「銀時……、お前、なんでここに」
そう尋ねたが、銀時は答えず、桂のそばまで近づいてくる。殺気を身に纏ったまま。
銀時は桂の着物の襟をつかみ上げた。
「誰にやられたか、言え」
低い銀時の声。
並大抵の者ならば思わず退いてしまいそうなほどの迫力があった。