君に、泣く
しかし、桂は退かない。真っ直ぐに銀時の眼を見据えて、言う。
「そんな事聞いて、どうするつもりだ」
「俺ァ、お前がいなくなる前に、忘れてないか聞いたはずだぜ」
大使館を襲撃する前日、銀時は昔言った事を覚えているかと問うた。
どれの事か桂には分からなかったが、銀時が再び同じ台詞を言い始めてすぐ、思い当たった。
忘れられるはすがない。
かつて銀時は、もし桂が誰かに深く傷つけられたり殺されたりしたら、なにもかも捨てても仇をとりに行くと、言ったのだ。
忘れられるはずが、なかった。
「……だったら、なおさら言うわけにはいかぬな」
「……見当はついてる。この前あった、大使館の騒ぎだろ。指名手配犯の桂がやったっていう噂も流れてるからな」
銀時は桂の着物を放した。そして、身体の向きを変える。
「待て、どこに行くつもりだ」
背を向けて歩き出した銀時を、桂は呼び止める。
「あの大使館で、アタリなんだろ」
「俺は行くなと言ってるんだ」
銀時は振り返る。射抜くような眼を桂に向けた。
「てめーの気持ちなんざ、関係ねーんだ。俺の気が済まないんだよ」
「お前の言ってる事は滅茶苦茶だ。傷を負ったのは俺だ。当事者の俺が、なぜ関係ないんだ!?」
「話をすりかえるな。俺ァ、てめーの考えなんか俺には関係ねーって言ってんだよ」
そう言って、銀時は桂から顔を背けた。
銀時は再び歩き始める。
桂は銀時を追い、その腕を捕らえた。
「行くな」
「放せよ」
「ダメだ。放せばお前は天人を斬りに行くのだろう」
「それがお前の望みなんじゃねーのか」
「俺は、俺のために斬ってほしいなぞ、思っていない」
「うるせぇ!」
苛立たしげに、銀時は桂の手を振り払った。頭に血が上っているせいか、勢いがあった。
それでも、いつもの桂ならたいした事はなかっただろう。しかし、今の桂は深い傷を抱えており、体力も以前と比べかなり落ちている。
桂の身体はぐらりと揺れ、しかも踏みとどまれずに、後方に倒れてゆく。
それを見て、銀時は青ざめた。大慌てで桂が倒れる方向に回り込んで、支える。
「お、お前、大丈夫か」
そう問いかけながら桂を見ると、その顔を歪めていた。桂は少し身体を曲げ、脇腹を手で押さえている。
「傷が痛むのか、うん、そりゃそうだよな。寝てたほうがいいぞ。俺が布団まで運んでやるから、まかせとけ」
焦ったように、銀時はまくし立てる。
そして、銀時は、ぐったりと体重を預けてくる桂を胸に抱くようにして、布団に連れて行く。
桂は昔から細いほうだったが、今は筋肉が減ってますます華奢になっている。それを直に感じて、銀時は恐くなった。
そして、ゆっくりと桂を布団に寝かせる。銀時はその横に座った。
桂は眼を閉じている。
その端正な顔に、銀時はそっと触れた。
「なあ、大丈夫か。……あァ、俺のせいだな。すまねぇ」
銀時は桂に顔を近づけて、小声で囁くように謝った。
ふと、桂が眼を開ける。
心配して見ている銀時に、桂は言った。
「……どうやら落ち着いたみたいだな」
銀時を見る眼は、笑っている。
「まさか、お前、さっきまでの、嘘!?」
「痛いのは本当だ。ただちょっと大げさにしてみただけだ」
「てめー…」
銀時は呆れた。くるりと向きを変える。けれども、同じ場所に座ったままだ。立ち去らない。
桂に背を向けて、銀時は言う。
「まあ、でも、お前が大丈夫ならいいか」
銀時は心の底からそう思えた。全身を乗っ取って
動かすほどの怒りは、もうどこかに消えていた。
そして、そのままの姿勢で、銀時は話し続ける。
「道でビラ配りの仕事してたら、坊主が近づいてきてさあ、お前が瀕死の重傷を負ったってゆーじゃねェか。それ聞いてカーッとなっちまった」