世界で一番遠い I love you(英米/R15)
イギリスではないとわかっていても気が逸る。
それまでの緩慢な動きが嘘のように素早く身を翻し、部屋に戻り
シーツに埋もれそうになっている携帯を手に取った。
そして相手も確認せずに通話に出る。
「すみません、アメリカさん」
「日本・・・・・・」
電話を掛けてきたのは先ほど怒っていたはずの日本だった。
正直、まだ心の準備ができていなかったから何と言えばいいのかわからなかった。
黙ったままのアメリカは携帯が軋みそうなほど握りしめる。
ごめんなさい、でいいのか。まだ、土下座のことを思い出していないのに。
考えれば考えるほど、どんどん沈んでいくアメリカの耳に予想もしない言葉が
飛び込んだ。
「申し訳ないのですが、中に入れていただけませんか?」
「え?」
思いもしない日本の頼みごとにアメリカはぱちぱちと目を瞬かせた。
中に入れて?
何故だ?日本は会議をするホテルに滞在しているはずなのに。
わけがわからないまま、アメリカは自室を出て、階段を降りていった。
危険だからいくら知り合いとはいえ確認しなければならないのにそれすらすっ飛ばして
アメリカは玄関の扉を開く。
開いた先にはここにいるはずのない人が申し訳なさそうに微笑んでいた。
「急ぎでタクシーを飛ばして貰いました」
アメリカさんの家のタクシーは本当に早いですね。
くすり、と笑って日本は指先でアメリカの目元を拭う。
あまりにも驚いたせいで硬直しているアメリカは日本の為すままに涙を拭って貰った。
「アメリカさんを甘やかすなと皆さんに言われるので、厳しく言ってみたのですが
駄目ですね。・・・・・・アメリカさん。私でよかったらお話を聞きますよ」
「日本・・・・・・」
「あまり泣かないで下さい。目が溶けてしまいますよ」
あまりにも優しく日本が撫でるので止めようと思った涙が次から次へと溢れていく。
ごめん、と何度も言いながらアメリカは優しすぎる友人に抱きついて
声を上げて泣いた。
◆ ◆ ◆
「落ち着きました?」
「うん。・・・・・・ありがとう日本」
まずは顔を洗って来てくださいと言う日本の言葉に従って、バスルームで顔を洗ってきた
アメリカはついでに昨日のスーツからシャツと綺麗めのズボンに着替えてきた。
昨日から着っぱなしのスーツはよれよれになっていて、きちんとアイロンを当てなければ
ならないような有様だったが、とりあえずは洗濯籠に放り込んだ。
日本を待たせているリビングに戻ると何かを煎ったような匂いが漂っている。
ポットとマグカップをお借りしましたと言って日本が出したのは日本の家のお茶だ。
ソファーに腰掛けて、一口飲むと少し苦いお茶が空っぽの胃に沁みわたる。
コーヒーや紅茶よりも優しい飲み物は空っぽで敏感になっている胃も優しく癒していく。
たっぷり入ったいたお茶を飲み干して、ようやくアメリカは気持ちが落ち着いた。
「日本、ごめん。本当に今日は済まなかった」
「アメリカさんらしくないですね」
「・・・だって、どう考えたって俺が悪いじゃないか」
「イギリスさんにもそうやって素直に謝ればよろしいのでは?」
「っ、知っているの?」
何もかもを見通したような台詞にアメリカは驚きに目を見開く。
イギリスと日本が仲が良いことは知っていたけれど、まさかこんなことまで
筒抜けになるほどとは思っていなかった。
顔が真っ赤になるほど恥ずかしくて、心の中でイギリスの馬鹿と詰る。
今度会ったら眉毛を毟ってやる。
そんな決意でもしないと逃げ出したくなるほどの羞恥がアメリカの中で渦巻いていた。
「いいえ。ですが、アメリカさんが落ちこんでしまう理由はイギリスさんだと
思いまして」
「・・・・・・凄いなキミの洞察力は」
「大したことはありませんよ」
にこりと笑って、自分の分のお茶に口を着ける。
やはりティーパックはそれなりのものですねと呟いて、マグカップをテーブルに戻した。
「俺・・・イギリスに酷いことをしたんだ」
どこから話せばいいのかわからない。
自分でもうまく整理できていない話をぽつぽつと話す。
途中、つっかえそうになる場面もうまく日本が誘導してくれて、何とか最後まで
話すことができた。
相槌を打つだけでほとんど口を挟まなかった日本はアメリカの話が終わった後も
沈黙を続けている。
無表情に近い面持ちからだけでは何を考えているのか読みとれない。
焦れたアメリカが口を開く直前にようやく日本は口を開いた。
「アメリカさんに聞いていただきたい話があります」
「なんだい?」
姿勢を正した日本につられてアメリカも背筋を伸ばす。
日本の話し方からきちんと聞いた方が良い話だと判断したからだ。
日本は微かに寂しげに微笑んで話し始める。
それは渦中の人。イギリスの話だった。
作品名:世界で一番遠い I love you(英米/R15) 作家名:ぽんたろう