世界で一番遠い I love you(英米/R15)
「とはいえ、あのイギリスさんの決意を翻すのは並大抵のことではありません」
改めて場を仕切り直した日本の言葉に神妙な面持ちでアメリカは頷く。
関係を元に戻すだけだとイギリスは言っていたけれども
おそらく暫くの間はアメリカを避けるだろう。
それも周りの者には気づかれないように巧みに、だ。
感情をよく表に出すわかりやすい人だけれどその辺はさすがにおっさんと言うべきか
普段からは想像できないほど上手くやる。
騙されないのは日本やフランスぐらいでアメリカさえも彼のそういった態度には
騙されたことがある。
故にイギリスがアメリカを遠ざける前に何とかしなければいけない。
むう、と口を尖らせてアメリカが呟いた。
「ねえ日本。伝説の樹ってどこにあるのかな?」
「きらめき高校の校庭の隅にあると思いますが・・・・・・」
「きらめき高校ってどこだい?」
思わずえっ?と声を上げ日本はちょうど飲んでいた日本茶が気管に入り激しく咳き込む。
何度も咳き込み、ようやく落ち着いて視線を驚愕の発言をしたアメリカに向けると
アメリカはめったに拝むことのできない真剣な表情を浮かべ、日本の回答を待っていた。
「ええとアメリカさん。非常に残念なことにきらめき高校は日本にはありません」
「What!?だってキミ、場所まで知っているじゃないか!!」
「本当に残念なんですけども、きらめき高校はテレビの向こう側にしかないんです。
私だって行きたいくらいなのですが・・・・・・」
「え?日本も好きな人がいるのかい?」
「はい。八重さんに一度お会いしたいと思いまして」
「日本、八重さんって・・・・・・・」
「あの憂いを帯びた横顔。彼女を笑わせるのは至難の業ですが、初めて笑って
下さったときの衝撃を私は忘れることはできません・・・・・・っ」
何かのスイッチが入ってしまった日本は常日頃は見ることのできない輝いた瞳を
アメリカに向け、拳を握りしめて熱弁を振るった。
その勢いにさすがのアメリカも押され黙り込む。
アメリカとてアニメやゲームは好きだが、日本の二次元に向ける熱意には敵わない。
会議のときもこのぐらい発言すればいいのにと思うが、彼の熱意は全て二次元に
向けられていて、三次元に回す余裕などイギリスのスコーンの炭ではない
部分ぐらいないらしいので無理なのだろう。
それよりも困ったなとアメリカは腕を組んだ。
あのどうしようもない人を振り向かせるには伝説の樹の下で告白するぐらいは
しないと駄目だろうと思ったのだが、伝説の樹は画面の向こう側にしかないらしい。
これは困ったと腕を組みながら考えているアメリカにようやくいつものテンションに
戻った日本がおずおずと声をかけた。
「アメリカさんはどうして伝説の樹のことを?」
「一度覚悟を決めたあの人の決意を覆すにはそれぐらいのことはしないと
駄目かなあと思ったんだ」
「なるほど。ではあの撃った人を恋に落とすという銃はいかがですか?
もっともイギリスさんはすでに恋に落ちていますが・・・・・・・」
「うっ、ううん・・・・・・それは考えなかったわけじゃないけど、俺はイギリスに
きちんと振り向いて欲しいんだ」
道具に頼るのは何か違うと思う。
小さな声で付け加えて、アメリカは息をついた。
場所や方法は何かの力を借りたとしても、告白自体は自分の口から告げたかった。
そうでないと彼は信じてくれないだろうから。
恥ずかしそうに俯いているアメリカを見やって日本はふわりと笑みを浮かべる。
「でしたら余計にそういうものに頼っては駄目です。イギリスさんは一級の
フラグクラッシャーですから、余計なことをすると誤解されてしまうかもしれません」
「う・・・それは否定できないんだぞ」
「僕は死にません!と叫びながら車の前に飛び出しても駄目ですよ。
いくらアメリカさんが丈夫だと言ってもイギリスさんが倒れてしまいます」
「日本、それは何のネタなんだい・・・?」
「・・・・・・ともかく、告白はわかりやすくはっきりと。ツンデレは要りません。
ツンデレ×ツンデレが成功するのは二次元だけです」
やけに熱意の籠った言葉にコクコクと何も言えずに何度も頷くと
日本は満足そうに息をついた。
二次元マスターともいえる日本はときどきアメリカがわからないネタを会話に
織り交ぜてくることがある。
毎回その引き出しの豊富さには驚かされるのだが、アメリカが日本にそのネタ元を
聞いたことはあまりない。
以前、どうしても気になることがあって尋ねたところカナダの説教よりも
長い時間語られてしまい、それ以来なるべく日本のスイッチを入れないようにしていた。
日本の話はとても面白いけれど、スイッチが入った彼は少しだけ怖い。
日本の語る「二次元と三次元のツンデレの在り方」を聞きながらぼーっとイギリスへの
告白の仕方を考える。
告白はわかりやすくはっきりと言われた。
ならば「好きだ」とストレートに言うのが一番いいのだろう。
『―――――好きだ』
不意にイギリスからの告白を思い出して、ぎゅうと胸が締め付けられた。
回りくどい言い方を好むイギリスが愛を告げるときだけは飾り気もなく
真っ直ぐに好きだと激情を抑え込んだこちらまで切なくなるような声で
アメリカに伝えたのだ。
最初は何とも思わなかったのに、彼に触れられるとドキドキするようになってからは
心臓が踊りだして、ロシアのように飛び出てしまうのではないかと思っていた。
あの頃は必至に気付かないようにしていたけれど、今ならわかる。
もうとっくにイギリスのことが好きだったということに。
酒癖も口も悪くて、どうしようもないほどネガティブでエロいことが大好きな元兄。
そんな人をどうして好きになったのだろうと自分の気持ちに気づいた時から
ずっと考えている。
そして考えれば考えるほど理由など見つからず、ただイギリスが好きな気持ちが
膨らんでいく。
どうしてだろう。
俯きかけたアメリカの眉間にそっと冷たいものが触れた。
作品名:世界で一番遠い I love you(英米/R15) 作家名:ぽんたろう