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世界で一番遠い I love you(英米/R15)

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「おら、いつまで寝ているんだよ」

ガン、といつものようにベッドの淵を蹴られないのは声の険しさほどは
機嫌が悪くないせいだろうか。
眼鏡を外していてもクリアな視界の中でイギリスはお気に入りの黒のエプロンを
身につけて仁王立ちしていた。
その姿はホームドラマに出てくる貫禄あるマミーのようだ。
もっとも、そんなことをイギリスに告げたらただでは済まないだろうけど。

(いや、案外喜ぶかもしれない)

あれほど兄弟だ、お前は俺の弟だと主張しているのだ。
母親みたいなどと告げたら一瞬は怒るかもしれないが大いに喜びそうではないか。
リアルにその光景を想像したアメリカは顔を顰めた。

「んな顔しても駄目だ。もうメシはできてんだ。起きろ」

アメリカが顔を顰めた理由を置きたくないからだと理解したイギリスは
にやりと口元を釣り上げて、勢いよくアメリカが包まっていたシーツをひき剥がす。
あまりにも勢いよくシーツを剥ぎ取られたので危うく転げ落ちそうになったアメリカは
「キミねえ・・・っ」と苛立ちの声を上げた。
だがその声にもイギリスは慌てたそぶりの一つも見せずに、剥ぎ取ったシーツを
綺麗に畳んで小脇に抱える。
普段は白目を剥いたり、眉毛を吊り上げたりと表情の変化に忙しいくせに
こういうときばかりは憎たらしいほどに澄ました表情を見せる。
その表情を何とか崩してやりたくて口を開こうとしたアメリカの顎をイギリスがすい、と
掬いあげるように掴んだ。
何をするんだと身を固くするよりも早く目を伏せたイギリスの顔が
視界いっぱいに広がる。
それとほぼ同時に唇に柔らかいものが触れた。
軽く啄ばむように触れたそれはイギリスの唇だ。
一度だけ軽く触れて離れるが間を置くこと無くすぐにまた触れてくる。
キスと称するにはあまりにも拙い触れ合いだったが、アメリカは全身を
岩のように固まらせて、それを受け入れていた。
―――――キスをするのは初めてではない。
まだイギリスの庇護の元にあったときに眠ってしまった彼にしたことがある。
そのときはキスの意味をわかっていなくて、ただ好きな人にするものだという
知識だけはあったので幼いアメリカは普段届かないイギリスの唇にキスするため
彼が眠った時にその唇を奪ったのだ。
その時とは逆に今はアメリカが唇を奪われている。
硬直して動けないのを良いことに何度かアメリカの唇を啄ばんだイギリスは
キスの名残を消すように顎を掴んでいた指を唇に滑らせ、耳元に己の唇を近付ける。

「起きろよダーリン」

決して低くは無いはずのイギリスの声が直接耳に吹き込まれることで
何時もよりも1オクターブも2オクターブも低く聞こえるような気がした。
頬を赤く染めて囁かれた耳を押さえるアメリカを見てイギリスはふっと笑いを零す。
その仕草はキザだといってもいいほど澄ましたもので普段なら
思い切り笑い飛ばしてやるのに、何故かますます頬が熱くなる。
おかしい、変だと思う。
これではまるで彼の行動に照れているみたいではないか。

「おし、目が覚めたな。メシはもうすぐできるからきちんと着替えてこいよ」

耳を押さえたまま固まっているアメリカの頭をぐしゃぐしゃと撫でて
イギリスは寝室を出て行った。
残されたアメリカはイギリスの出て行った扉を茫然と見つめながら唇に触れる。
いつもよりもしっとりとしているそこにイギリスが触れたのだ。

(―――――キス、されちゃった)

何だか叫びだしたい気分になってアメリカはぼふんとベッドに仰向けに倒れ込んだ。
ドクドクと勢いよく心臓がリズムを刻む。
鏡が無いので見ることはできないがおそらくは顔も真っ赤になっているのだろう。

「どうしよう」

唇を抑えたまま不明瞭な発音で呟く。
イギリスにキスをされた。
それは恋人同士なのだからおかしいことではないのだろう。
けれど、あくまで打算の上で彼と付き合っているアメリカにとって
イギリスにキスをされたということは青天の霹靂ともいえる出来事だった。
確かに彼は変態エロ紳士のくせにキスもまともに仕掛けてこないとは考えていた。
だがそれはしてこないという事実を考えていただけであって
「して欲しかった」わけではない。
だからこんなにも動揺しているのだ。
顔が赤いのだって、恋人同士なのだから少しはイギリスを意識しないとまマズいと
思ったからであって―――――断じてイギリスのことを意識したり想ったりしている
わけではない。
未だにドキドキと煩く脈打つ心臓を宥めるために息を大きく吸い込んで目を伏せる。
そうだ。動揺するようなことではないのだ。
どうせ彼はこの手のことに慣れているのだろうし、自分だってまったくしていないと
いうわけではない。
野良犬にでも噛まれたと思えばいいのだ。

(―――――いや、あの人は野良猫か)

犬というよりはしなやかな猫を彷彿とさせる姿を思い浮かべて、アメリカは
くすりと笑う。
しかも野良猫は野良猫でもただの野良ではなくて、辺り一帯を取り仕切るような
ふてぶてしいボス猫。
あまりにもぴったりすぎる想像に堪え切れなくなってクスクスと笑いを零した。
いつものように大声で笑わなかったのでイギリスに気付かれることは無いだろう。
今、再び彼の顔を見たら噴出さないという自信は無い。
声を押し殺しながら思う存分笑ったアメリカは再度イギリスが怒鳴りこんでくる前に
身支度をしなければとベッドを降りる。
廊下に出ると屋敷の2階に届くほど濃厚なベーコンとパンの香りが漂っていて
思わず頬を緩めた。
イギリスの料理は基本的にまずいけれど朝食だけは別でそれなりに食べられる
ものが出てくる。
長年の経験から判断すると今日はかなり成功した匂いだ。
先ほどから無意識のうちに何度も唇に触れていることに気付かないまま
階段を降りる足取りも軽くアメリカはバスルームに向かう。
英国で迎える連休の二日目の朝。
いつもと同じようで少しだけ違う一日が始まろうとしていた。