世界で一番遠い I love you(英米/R15)
一週間の休暇はノッティングヒルから帰ってきた日の夜にあっけなく終わりを告げた。
ボスからの緊急の呼び出しがかかり、急遽帰国しなければならなくなったのである。
もちろんアメリカはさんざんに文句を言い、喧嘩の一歩手前になるほどの
言い争いをボスと交わしたのだが、帰国命令を覆すことはできなかった。
通話を終えた後も帰りたくないと駄々をこねたアメリカを説得したのは
もちろんイギリスで、そのイギリスとも喧嘩寸前にまで持ち込んで
しぶしぶアメリカは帰国した。
帰りの飛行機の中でも機嫌が悪く、大好きなゲームもしないでひたすら眠っていたのだが
帰国を果たしたアメリカを待っていたのはもっと機嫌が悪くなる仕事だった。
「久しぶりだねアメリカ君」
休む間もなく強制連行のように連れて行かれた席でニコニコと笑っていたのはロシアだった。
これは何の罰ゲームだい!と声を荒げたいのを我慢して、とりあえずは席に着く。
今、誰か一人を撃っていいと言われたら間違いなく撃ちぬくだろうなと
ニコニコ笑っているロシアの顔を見ながらアメリカは思った。
「ハイ、ロシア。久しぶりだね」
普通ならばここで立ち上がって握手の一つでもするのだろうが、二人は挨拶を
交わしただけですぐに仕事の書類を交換した。
ロシアから渡された書類に目を通してアメリカはため息をつく。
確かにこれは自分じゃなくては駄目な種類に値する仕事だ。
けれども、休暇を帳消しにするような急ぎの仕事でもない。
大方、呼び出しはロシアのちょっとした嫌がらせなのだろう。
特にお互いに話すこともなく、資料を確認してわからないことだけを聞き
サインをする作業は一時間もあれば終了する。
最後の一枚にサインを終えたアメリカは紙をロシアに押しやって背伸びをした。
久しぶりにまじめに取り組んだおかげか肩やら首ががちがちに固まって痛い。
ロシアの前にも拘らず肩を回したり、筋を伸ばしているアメリカを眺めていたロシアは
ねえアメリカ君と声を上げた。
「イギリス君と付き合いだしたんだよね?すっごく意外だなー」
「・・・・・・それはこの場で言うべきことなのかい?」
「うん。覚えているうちに言っておかないとなと思って」
ニコニコと笑うロシアの腹の内は当然見えない。
同じようにニコニコとしている日本だってもう少しわかりやすいというのに
ロシアはまったくわからない。
だから言葉も額面通りに受け取ってはいけない。
「そんなに意外かな。君が妹さんと結婚すると言いだすよりは現実的だと思うけど」
「あはは。すごく意外だよ。特にイギリス君の方が」
言葉に滲ませた皮肉すら無視してこてんとロシアは首をかしげる。
不思議だよねと無邪気に微笑むロシアから視線を逸らして何が意外なんだいと
アメリカは尋ねた。
「だってあれほど弟扱いしていたのにさ、そういう目で見られるのかなって思ったんだ」
「・・・・・・」
「ねえアメリカ君。イギリス君は本当に君のことを好きなのかな?」
「黙れ・・・っ」
「彼、すっごく言葉が上手いよね。僕も騙されそうなくらいだし」
「黙れロシア!!」
堪らなくなり机をバアンと思い切り叩きつけて立ち上がる。
頭の中が怒りのあまりにぐらぐらとする。
何故これほど怒っているのかわからないくらい怒りで頭が茹っている。
ロシアの言葉など何時も通りに笑って流せばいいのだ。
どうせ、本気の言葉ではない。
ちょっとでもアメリカの気に触ればいいや。
それくらいの言葉でしかないのだから。
それなのに睨む力を緩めることができない。
「それとも逆に君が上手くイギリス君のことを騙しているのかな?」
「それ以上口を開くな!!」
胸元から取り出した拳銃をロシアの眉間に照準を合わせて構える。
突き付けられたロシアはぱちぱちと眼を瞬かせて、避ける仕草もなしに
やだなあと呟いた。
「それって国際問題になりかねないよ?誰かが来る前に仕舞った方がいいと思うけど」
「君が侮辱発言を取り消したら仕舞うよ」
「侮辱?」
ゆっくりとオウム返しに呟いて、机に肘をついたロシアは軽く組んだ指の上に
顎を乗せて、じっと下からアメリカを見上げる。
紫色の瞳には何も感情を載せていない。
だからか背筋がぞっとするほど真っ直ぐにこちらを見てくる。
「侮辱じゃないよ。不思議に思っただけ。だからアメリカ君がこんなに怒ると
思わなかったな」
「・・・・・・もう用事は済んだよね。俺は帰るよ」
あくまでニコニコと擬音がつきそうな笑顔を崩さないロシアから視線を逸らしたまま
鞄に書類をぶち込み、ドアを開いて会議室を出た。
カツカツと苛立ちを隠さずに廊下を歩いても引き留める者はいない。
会議の後は連絡を入れるかホワイトホウスに直行しろと言われているけれども
そのどちらも選択する気にはなれなくて、唇を噛んだ。
作品名:世界で一番遠い I love you(英米/R15) 作家名:ぽんたろう