世界で一番遠い I love you(英米/R15)
(何で俺はあんな言葉に・・・)
このまままっすぐ帰る気にもなれず、アメリカは休憩室に足を運んだ。
がちゃりと扉をあけて中を覗くが誰もいない。
安堵して中に入り、備え付けのソファーに座った。
このフロアは要人専用フロアなのでたかが休憩室といっても質が違う。
硬すぎず柔らかすぎないソファーはロシアとのやり取りに疲れた体を癒してくれた。
(別にイギリスが俺のことを騙していたとしても、そんなのお互いさまじゃないか)
騙しているのはこちらも同じ。
騙されているかもしれないというIFの事象に傷つくのはただの馬鹿だ。
「でも・・・」
もしも。
もしも本当に、そう、だったら。
気障な笑みも優しい仕草も全て演技だとしたら。
アメリカを籠絡するための策略だとしたら。
くだらない。そんなわけは無いと思うのに、想像は止まらない。
悪い方向に向かっていくのを止められないのは自分が騙しているからだ。
そもそも何故こんなにも胸が苦しいのかがわからない。
例えば、イギリスではなくフランスが騙していたとしたら
こんなに胸が苦しくなることは無いだろう。
日本やカナダだったら辛いかもしれない。
けれど、イギリスに騙されているかもしれないという胸の痛みとは
少し違うような気がするのだ。
(けど、例えそうだとしても俺のやることは変わらないじゃないか)
恋人になって、イギリスの弱点を握る。
それがアメリカの目的だ。
彼の恋人としての仕草が演技ならば、それを欺くほどの演技をこちらが
見せてやればいい。
ため息をついて身を沈めていたソファーから身を起した。
そろそろ上司に連絡を入れないとまた強制的に迎えが来てしまう。
ロシアと会談をしただけでもくたくたなのに更に疲れるようなことはしたくない。
ひとまず連絡を入れようと胸からスマートフォンを出すとタイミング良く
ぶるぶると震えた。
発信者はイギリス。
出ることに躊躇いが無いわけではなかったが、アメリカは再びソファーに凭れかかって
通話ボタンを押す。
「イギリス?」
「もう仕事は終わったのか?」
「ちょうどね。ずいぶんと騒がしいけど、キミはどこにいるんだい?」
イギリスの声をかき消しそうなほどのざわめきが携帯の向こうから聞こえてくる。
家でおとなしく刺繍でもしているのかと思ったのだが、どこかに出かけたらしい。
珍しいなと思って尋ねると思いもよらない答えが返ってきた。
「・・・・・・お前んち」
「はぁ?」
「べ、別にお前の為じゃねえぞ!俺はただまだ休みがあったから
たまたま来ただけで・・・・・・」
「たまたまでアメリカまで来るのかい。キミは」
予想を超えた答えに頭痛を感じて右手で額を抑える。
まさか、今はちょっとキミの顔を見たくないから英国に帰ってくれなどとは言えない。
そんなことを口にしたら、付き合っていなくてもめんどうなことになる。
付き合っているなら尚更だ。
「オーケイわかったよ。俺はいつものホテルを出たところだから家に居てくれよ」
「いつものってニューヨークの方か?」
「そう。たぶん一時間くらいで帰れるから」
「わかった。メシ作っておく」
「いや、ご飯はマック買って・・・切ったな」
ため息をついて携帯の通話記録を開く。
イギリスのすぐ下に並んでいるボスに電話をかけて、会議が終わった旨と
今日は家にまっすぐ帰ることを告げてすぐに通話を切った。
元々、休暇を潰しての呼び出しだったのだからこれぐらいの我儘は許されるはずだ。
携帯を胸ポケットに仕舞って立ち上がる。
何となく気が重いのは家に待ち構えている存在のせいだ。
ただでさえ、イギリスにあまり会いたくないというのにそれにプラスして
気合の入っているであろう彼の料理が待ち構えているのだ。
幸い、それほど手間のかかったものではないだろうが、それでも少し辛い。
無意識に胃を抑えながら休憩室を後にし、エレベーターに向かう。
ボタンを押して来るまでの間、壁に寄りかかり目を伏せた。
「けど、食べちゃうんだろうなあ・・・・・・」
なんだかんだ言いつつも食べるであろう自分の未来図を描いて苦笑した。
どんなに苦くても、まずくても完食してしまうのだろう。
それはもはや刷り込みのようなものだ。
そうでなければ彼の料理など完食できるはずがない。
とはいうものの、気が重いのは事実で自然とため息が出てしまう。
ため息をつくと幸せが逃げてしまうと言っていたのは誰だったか。
日本、だったような気がするしイタリアだったかもしれない。
もしくはフランスとか。
そんなくだらないことを考えてしまうほど気分は参っている。
だけど、逃げ出すわけにはいかない。
なぜならアメリカはヒーローだからだ。
ヒーローに逃亡は許されない。だから。
「俺はぜったいに逃げ出さないんだぞ」
自分に言い聞かせるように呟いて、ようやく到着したエレベーターに乗り込んだ。
作品名:世界で一番遠い I love you(英米/R15) 作家名:ぽんたろう