世界で一番遠い I love you(英米/R15)
イギリスに告げた通り、一時間ほどで自宅に着くと窓から煌々と灯される光と
焦げ臭い匂いが漏れていた。
どうやら今日もイギリスの料理は絶好調らしい。
つき慣れてしまったため息を再び漏らすとチャイムも鳴らしていないというのに
玄関の扉が開き、黒のエプロンを身に付けたイギリスがひょっこりと顔を出した。
「おいアメリカ。何、ぼさっとしてんだよ」
「・・・・・・今日もキミの料理は絶好調だなと思ってね」
「まあな。今日は時間が無かったから肉焼いたぐらいだけど、もう出来るから
早くこっちこいよ」
言葉に秘めた皮肉にも気づかずに得意げな顔をしたイギリスは
またすぐに顔を引っ込めてしまう。
イギリスに急かされたからというわけではなく、自分の家の前でいつまでも
ぼうっとしているのもおかしいと思ったアメリカは鍵を開けたままの
扉を開き、中に入った。
そのまますぐにダイニングへは向かわず、二階の自室へ足を進める。
明かりも点けずにジャケットのままベッドに倒れ込んでぎゅっと目を瞑った。
休むのは少しだけ。
ちょっとだけ休んだらすぐに復活だ。
そう決め込んで枕に顔を埋める。
トクトクと微かに聞こえる心音が眠りを誘ってくる。
そうして目を閉じてじっとしていると遠くから足音が近づいてくるのが聞こえた。
(イギリス・・・しかいないよね)
今日は急に帰国したから誰も呼んでいないし、トニーも宇宙船?を修理しないと
いけないということで母星に帰っている。
アメリカがこうしてベッドに倒れこんでいる今、階段を上ってくるのは
イギリスしかいない。
しなやかな猫のような足音はアメリカの部屋の前で止まった。
それから躊躇いがちにノックをする音が響く。
だがアメリカは返事を返さずに枕にぎゅっと顔を埋めた。
返事をしなければイギリスは無理やり部屋に入ってこないだろう。
そう思ったからだ。
けれどアメリカの予想に反して、イギリスは鍵の掛かっていない扉を開けて
中に入ってくる。
「お前なー。人がメシ作ったのに寝てんじゃねえよ」
ぶつぶつと文句を言いながらイギリスが明かりを点けようとした。
その手を止めたのはアメリカの大声だった。
「つけないで!!」
「つけないでって・・・・・・」
ほぼ怒鳴るような声を上げたアメリカはまた枕に顔を埋めた。
なぜ、と問われても困る。
見られたくないものは見られたくないのだ。
ぐぐっと顔が圧迫感で痛くなるほど押しつけて枕を抱え込む。
ぐるぐると頭の中を回るのはロシアの言葉。
『だってあれほど弟扱いしていたのにさ、そういう目で見られるのかなって思ったんだ』
『ねえアメリカ君。イギリス君は本当に君のことを好きなのかな?』
『彼、すっごく言葉が上手いよね。僕も騙されそうなくらいだし』
気にしないと決めた。
騙しているのはアメリカも同じだったし、たとえ騙されていたとしても
お互い様だと結論を出したはずだ。
だというのにロシアの言葉に胸が痛む。
その痛みは歯医者に連れて行かれた時や大好きなハンバーガーを我慢している時よりも
ずっとずっと激しく、アメリカの心を苛んだ。
「アメリカ」
ギシッとベッドが軋み、背中の辺りにイギリスの体温が触れる。
触れた体温に驚いてイギリスから逃げるように丸まるアメリカの頭を
イギリスはぽんぽんと撫でた。
いつもと変わらない仕草、恋人になってからはうんと増えた仕草に
涙が滲みそうになる。
この仕草さえも演技、なのだろうか?
もしも本当に演技だとしたらイギリスはハリウッドスターになれるかもしれない。
「辛いか?」
「・・・・・・辛いよ」
何が、とは言わなかったが、辛いのは本当のことだったので素直にアメリカは答えた。
胸の中も頭の中もぐちゃぐちゃで苦しい。
どうしてこんなに苦しいのだろうとそればかりを考えている。
不意に頭を撫でていた手が止まって、アメリカは枕に埋めていた顔を
イギリスの方に向けた。
闇の中でも光るペリドットに気圧されて、息を呑む。
明かりを灯さずカーテンも開けていないせいか、闇の中でも比較的見えるアメリカの
目ですらベッドの端に腰かけて、こちらを覗きこんでくるイギリスの表情は
窺いしれなかった。
「止めるか?」
「え?」
静かな問いを投げかけたイギリスは真っ直ぐにアメリカを見下ろす。
こんなにも静かに真っ直ぐに見詰められたのはいつ以来だったか。
逃避行のようにアメリカは考える。
「別れるか?アメリカ」
「―――――っ」
思いがけない台詞にがばっと言葉も無く起き上がったアメリカはとっさにイギリスの
服の袖を掴んだ。
考える間もなく動いてしまった手にかあ、と顔に血が昇る。
まるで離れていく親に縋る子供のようだった。
そう、本国に帰ってしまうイギリスを必死に引き留めようとした幼子のようだ。
いきなり袖を掴まれて目を見開いたイギリスは眉を下げて苦笑を浮かべ
袖を掴むアメリカの指を一本一本丁寧に解く。
作品名:世界で一番遠い I love you(英米/R15) 作家名:ぽんたろう