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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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Flash Memory ~いつか見た夕暮れ~

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 年配の主治医はそう言って、早く戻ると良いですね、と言い置いた。全く、気楽に勝手な事を言う。
「…フツー、思い出したくなかったりしたら、忘れるんじゃねぇの?」
 別の誰かが呟いた言葉のように、冷たく白い室内に消えて行く。
 その言葉が消えると同時に、誰かが扉を控え目にノックする音が響いた。身体を動かすのが面倒で、ベッドの上に半分身体を起こしたまま、ぶっきらぼうに返事をする。
「…こんにちは。」
 遠慮がちに開いたドアの向こうから顔を出したのは、目覚めて最初に傷付けた青年。
 元気そうだね、とぎこちない笑みを浮かべる青年に、ディアッカは鼻白んだ。
「…入院してるヤツに言う台詞かよ。」
 言葉を投げつける度に、ほんの少し辛そうな目をして。それを認める度に、心の奥がちくりと痛んで。
 苛々する。
「…アンタ、他にすることねぇの?」
 毎日、と言って良いほど顔を出す青年。けれど誰も、彼が自分にとってどういう人物だったのかを教えてはくれない。素直に聞くのも悔しいから、それをはぐらかすように。
「今の所、は。」
 必要最低限の会話だけが毎日繰り返されて、なんの面白味もない。それなのに、どうして彼はここに足を運ぶのだろう。
 疑問ばかりがぐるぐると回っていて、気分が悪い。元々、何事もすっきりしている方が好みだから。
「…フェアじゃないよな。」
 そうだ、と思い付いて。そう言えば、これだけ顔を合わせている癖に、名前も聞いていない。もしかしたら知っているのかもしれないけれど、いつ戻るともしれないあやふやな記憶を頼るよりも、今から新しく覚えて行った方が早い。
「アンタ、名前は?」
 そう言って合わせた瞳は、吸い込まれそうなほど印象深かった。深くて、濃い紫色。吸い込まれそう、と言うよりも、底の見えない、深い世界。
 息を詰めたのは一瞬だった。少し驚いたように見開かれた瞳が、哀しそうに微笑って。
「…キラ。キラ・ヤマト。」
 そうして、なぜかそのあと小さくごめんね、と呟いた。

 少しで良いから、時間をくれないかな。
「なんか、八割くらい、僕の所為だから。」
 何処か無機質な笑みを浮かべてそんな事を言うから、眉を顰めた。事実、ディアッカが記憶を失ったのは、キラを探しに行ったからに他ならない。そもそも、キラが黙って姿を消さなければ起こらなかった事態なのだ。
 けれど、それを全面的に認めるでもなく、否定するでもなく。イザークは緩く溜息を吐いた。
「…自虐は止せ。お前は、それで良いのか?」
 記憶を失ったディアッカよりも、覚えているキラの方が傍にいるのは辛い筈だ。それでも敢えて、選ぶのだろうか。遠回しに反対しながらも、何処かはっきりとしない自分の態度にすら微かに苛立ち、イザークは睨むようにキラを見詰める。いいんだ、と緩やかに微笑んでキラは呟いた。
「多分、一番記憶が戻る確率が高いと思うし…それに、我侭だけど、僕がそうしたいから。」
 それがきっと、逃げ出した罰なんだよ、とキラは続けた。
「…事故の経緯は、ラクスから聞いた。狙いが僕なら、却って潰すのも楽でしょう?」
 酷く冷たい声でそう言いながら、ここではない遠くを見て。その横顔に、何処か見覚えがあった。
「…報復、するつもりなのか。」
 知らず、口を吐いて出た言葉に、キラは少し不思議そうな顔をして、あなたがそんなこと言うの、と苦笑した。
「あなたが、僕を憎まなかった、なんて言わせないよ。」
 ふわり、と甘い香りを含んだ風が通り抜けて、髪を揺らす。
「だから、少し時間を下さい。」
 そう言って柔らかく微笑んだキラには、揺るぎない何かが見えた。けれどそれは、酷く哀しい印象も受けた。
 一つ、条件を出そう、と言ったら、何事もなかったかのように小さく首を傾げてなんですか、と返事をする。
「…この辺りに、部屋を用意する。お前がそこに移る事、それが条件だ。」
 少しだけ考え込んでから、キラは頷いた。仕事、引き摺って来ないとね、と言って笑うその顔からは、もうなにも読み取ることは出来なくなっていた。


 それはとても昏い想いだ。
 誰もそれが正しいなんて思ってはいない。けれど、それを留める事が出来なくなるときもある。
 だから、必ず。
 それが正しいかどうかは、今のところ自分の中で判断すれば良いだけの話。


 肋骨に皹が入った位では、大した怪我に入らない、と言うのがコーディネイターの良いところの一つだな、とするすると外されていく包帯を見て思ったら、苦笑が零れた。
 包帯が取れた、とはいえ無理は禁物ですよと言う医者に大人しく頷いて、腰かけていたベッドから降りる。すぐ脇に畳まれていたコットンのシャツを羽織り、医師と入れ違いに入ってきたキラが思ったよりも小さい事に少し驚く。見上げる形になったキラも似たような事を考えたのか微かに苦笑を零した。
「…暫く、一緒に暮らす事になったから。」
 なんでもないことのようにさらりとそう言ったキラは、纏めてあったスポーツバッグを持ち上げて荷物これだけかな、と言った。
「君が今までいたところにあるもので必要だと思うもの、少しイザークさんに持って来てもらってあるから。あとは買い足せば良いよね?」
 最初の一言に呆けている間にも、さっさと話を進めてバッグを持ち上げたキラが、行くよ、と言ったところで我に返る。
「…ちょっと、待ってくれ。なんでオレがアンタと一緒に暮らす事になってんだ?」
 最初はそこからだ。そもそもディアッカには自宅もあるし家族もいる。全くまっさらな状態になった訳ではないから、別にキラのところに転がり込まなくてもいいはず。慌ててそう続けると、キラは少し困ったように微笑んだ。
「…うん、ごめん。ちょっと事情があって、取り敢えず今身軽で、君と少し面識があって、多少のことには対処出来る人間って、僕しかいないんだ。」
 少し不自由かもしれないけど、と小さく呟いて、キラは背を向けた。
「だから、ちょっとだけ我慢して下さい。」
 その前にもなにか言ったような気がしたけど、聞き取れなかった。半分振り返ったキラは確かに微笑んでいるのだけれど、それ以上なにか聞いてはいけないような気がして。
 それじゃあ、今取り敢えず必要な情報はなんだろう。一番必要な、なにかは。
「…一つだけ、聞いてもいいか?」
 少し考えてから、そう訊ねた。考えたけれど、そんなに深い意味を持って口にした言葉じゃない。
「アンタ、オレとどういう関係な訳?」
 その時、キラは眉一つ動かさずにゆっくりと答えをくれた。浮かべた笑みを崩さず、とても静かに、なんでもないことのように。
「…ただの、知り合いだよ。」
 それが、そう言ったキラが、どうして泣き出しそうに見えたのだろう。


 ブルーコスモス、と言う組織がある。あった、と言った方が今は正しいのかも知れない。