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綾沙かへる
綾沙かへる
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Flash Memory ~いつか見た夕暮れ~

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 部屋を出るとマンションの前には車が横付けされていた。それに乗って向かった先は、比較的大きな一軒家だ。家、と言うよりも最早お邸に近いそこで待っていたのは、銀色の髪をぞんざいにひとつに括って、テラスでノート型のマシンに向っていた知人。こんにちは、と声を掛けると顔を上げて、緩く笑みを浮かべた。
「少し、やつれたんじゃないのか。」
 だから言っただろうと続ける口調は相変わらず素っ気無いけれど、実はとても思慮深い人だと知っているから、キラは苦笑だけを返した。
 勧められるままに向いの椅子に腰を降ろすと、家政婦らしき女性が素早くお茶のセットを用意していく。傍らに控えていた部下らしき青年に声を掛けて、またしても分厚い紙の束を持って来させた。
「…経過報告、だ。おまえが隠したアレについて、まだそう多くは出回っていないな。むしろ、おまえ自身の情報の方が問題だ。」
 溜息混じりに紡がれる言葉に、キラは眉を寄せた。ここ数日でネットをさ迷った結果手に入れた情報は、下らないものから的を射たものまで様々だった。遮るもののない電脳世界では、それこそ星の数ほどの情報が流出している。
「…困ったね。」
 本当は、自分一人で解決しなければならない問題なのだ。けれど、これ以上ないほど巻き込んでしまった何人もの優しい人たちは、キラがどんなに断ろうとも手を引かずに、使えるだけのネットワークを使って情報収集に当たっている。得るものは本当に少ないのに。
 持ってきたディスクをテーブルに並べながら呟いた言葉に、イザークは呆れたように溜息を吐いた。
「…困ったのはお前だ。託された仕事をこなすのは良いが、そんな状態で何かあった時に対処出来るのか?」
 言いながら、書類に押されてテーブルの片隅に追いやられていた焼き菓子をキラの前に押し出す。ロクに食事をしてないだろう、と少し怒った様に付け足して。
「コレのチェックをしている間に、せめて半分食べろよ。」
 言い置いてから、イザークはキラの持ってきたディスクをマシンに押し込んだ。一瞬呆けたようにその動作を見送ってから、キラは小さく声を上げて笑った。
 モニタから視線を外さず、ますます眉間に皺を寄せた彼が、意外とこういう素朴な焼き菓子が好みだと言うこともついこの間知ったばかりだ。なんだか、そんな些細な事がとても。
「…有り難う。」
 いただきます、と素直にそれを摘むと、イザークはほんの少し唇の端を上げて笑った。

 キラが出掛ける、と言った時も、その後も、ディアッカは暫くモニタの前から動かなかった。分からない事が多過ぎて、少しでも良いから情報を詰め込む為に。
 そうして表示される膨大な情報の中で、終ったとされるかつての戦争の情報に端から目を通していく。自分が身を置いていたその世界で、何があって、何を知ったのか。自分に関する事を可能な限り引き出して、今の自分が持ち得る限りの技術を以って、様々なデータベースに入り込んで。そうやって初めて知ったこと。
 旧地球連合軍の新型モビルスーツを操っていたのが自分。ザフトが奪取し、それに伴う中立国オーブのコロニー、ヘリオポリスの崩壊。バスターと言う名称の付けられた、知らない自分が操っていた機体。画像を見ても、なんにも感じなかった。友人達が搭乗していた機体もあった。けれど、そのシリーズの中に引っ掛かったものがある。知らない名前がパイロットとして記載されている。
 ストライク、と言う機体。
 それを見た瞬間、また頭の奥でぱちり、と音がした。
 なんだろう、と思ってそれを追えば、途端に鋭い痛みが走って額を抑えた。
「…これ、か…?」
 失ってしまったものの、ヒントは。
 画面に表示された名前を、指先で辿る。知らない名前。けれど、知っている筈の、名前。
「…同じ名前、だよな…?」
 キラ・ヒビキ少尉。オーブ近海にて、ザフト軍との戦闘時に死亡。ストライクは大破。
 その一機だけが、地球連合軍に残された最後の機体。それを動かしていたパイロット。文字だけで表示され、写真の類は一つもなかった。仮にも、地球連合軍のデータベースであるにも関わらず。
 奇妙なパイロットは、ディアッカの中で強い違和感を生み出す。薄く微笑んだ、鳶色の髪を持つ青年の顔が浮かぶ。
「…ありえねぇ、だろ…」
 その、華奢と言っても過言ではない青年が、どうやってこんな物を動かしていたというのだろう。第一、キラはコーディネイターだ。それが地球軍のモビルスーツを動かしている筈がない。
 軽く頭を降ってそれでもその先へ、とストライクと呼ばれる機体の情報を辿って行くと、金髪の青年に突き当たった。軽く目を見開いて、表示されたデータを読み取る。
 搭乗記録は戦争終盤。記載された名前はムウ・ラ・フラガ少佐。修復されたストライクに搭乗し、プラントを核ミサイルから護った、とある。
「…護った?」
 地球軍の士官が、なぜ?
 最終戦闘時、旗艦を庇って死亡、と続いている。その横で、どこか人好きのする笑みを浮かべる薄いブルーの瞳。何処かで。
 当時の記録には、彼もまたラクス・クラインの勢力に入っていたと追記されている。白い艦と、ブルーグレーの艦、薄紅色の艦。その三隻からなる勢力は、どうやら地球軍、ザフトの一部、それにオーブの戦力を合わせたもののようだった。ひと目で分かる、薄紅色の艦はプラント製のもの。アークエンジェルと明記された白い艦は、地球軍のもの。残りはオーブの戦艦だろうか。
 天使の名を模した艦、それを護ってストライクとそのパイロットは散った。その光景を、知っている。そう思い当たって、愕然とした。
「…知って、る…ここに、いたのか…?」
 元より、バスターは地球軍のもの。だとすれば、それを操る自分も、この白い艦にいたのではないかと。
 不意に、頭の片隅を過ぎる少女。明るいブラウンの髪、グリーンの鮮やかな瞳。あれは、誰だろう。その少女に会えば、何かを掴めるのかも知れない。
「…どっかのファイルにないのか?」
 あの白い艦を見て、甦った少女。だとすれば、その艦に乗っていた可能性が高い。次々とファイルを開いては、素早く目を通して閉じていく。膨大な兵士達の記録を苛々しながら探り、ようやくそれらしき女性兵士のファイルを見付けた。過ぎった記憶と変わらない、幼さを残した少女。
「ミリアリア…か。」
 戦争終結の後に除隊、と書いてある。データに目を通すうち、気になる表記を見つけた。ヘリオポリスにて、戦時調達。後に、共に保護された友人達と正式に志願。その、友人の名前の中に。
「…キラ…?」
 ずきり、と頭の奥が痛む。同時に、デスクの上で制限時間を告げる電子音が響いた。これ以上の進入は危険だ。そう判断して、慎重に痕跡を消しながらデータベースとのアクセスを切った。モニタの中が幾何学模様のスクリーンセーバーに切り変わり、ダミーアドレスを消去し始める。それを確認して、目を閉じた。
 結局分からない事だらけだ。知っていることと知らない事がごちゃごちゃになって、どうしようもなく苛つく。酷い頭痛は、次第に反響して大きくなって行った。デスクの引き出しにある鎮痛剤に手を伸ばし掛けて、止める。