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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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Flash Memory ~いつか見た夕暮れ~

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「絶対、守るよ。」
 自身にも言い聞かせるように告げた言葉に、カガリは静かに微笑んで、頷いた。

「もうやめだ、こんな面倒な事は。」
 大っぴらにホテルに泊まる訳にもいかないから、と滞在させてもらっている家の息子は、その日戻るなり唐突にそう言った。
「…やめるって、何を?」
 心底うんざりしたようなイザークに、恐る恐る声を掛ける。その質問にじろりと視線を動かして、鼻で笑った。
「評議会議員とやらを、だ。」
 当然のように答える。
「思う様に身動きが取れなくて面倒ごとばかりだ。元々数合わせみたいなもんだろう、辞めて来た。」
 さらりと言放って、手近にあったソファに腰を降ろす。
「辞めてきたって…そんなに簡単なものか、仮にも最高評議会だぞ?」
 コンピュータによる指名制、とは言え、辞退することすら珍しい最高決定機間を、いともあっさり捨ててしまう友人に、心底呆れるやら感心するやら。
「ザフトに、戻る。その方が動き易いからな。」
 おまえはどうする、と急に水を向けられてアスランは言葉に詰まった。今更戻れるはずもなく、第一自分は行方不明の筈の人間で。
「…無理に決まってるだろう。俺は俺なりに動くしかないさ。」
 そう返して肩を竦めると、イザークは当然だ、とでも言うように笑みを浮かべた。
 動くと言っても、今の自分に出来る事はとても少ない。けれど、出来る事をするしかないのだと。
「ひとつ、仕事をする気はあるか?」
 唐突にイザークがそんな事を言うから、一瞬呆けてしまった。間抜け面だな、と笑われて我に返る。
「…まあ、お前のそんな顔、想像も付かなかったからな。」
 小さく笑ってイザークは続ける。感謝しよう、と。
「…何が」
 言い掛けると、自らの指先で頬をなぞる。痛ましささえ覚えた筈の傷跡は、記憶の中だけに。
「憎しみばかりでは何も得るものがないと、教えてもらったからな。」
 そのくらいは恩返ししてもいいじゃないか、と言って。
「しばらく、ついててやると良いさ。」
 初めて顔を合わせた頃には想像も付かなかった。
 変わらないものなどないと言った言葉通りに、友人も変わったのだと気付いた瞬間だった。悪いな、と苦笑混じりに呟くと、もっと感謝しろとでも言いたげな眼差しで返された。面白い物を見たのはお互い様だろう、と思うと、少しだけ気分が軽くなった。

 キラ・ヤマト。
 個人の名前だと言うのに、打ち込んでみたら面白いほどの情報がひっかかって来た。それを追えば追うほど、ますますもって同居人とは結びつかない。
「…こいつが一番謎じゃないのか、もしかして。」
 相変わらず自室に篭ったまま出て来る気配はない。顔を合わせれば当たり散らすばかりだったから、今はその方が有り難くもあった。
 引っ掛かった単語がある。ザフトのデータベースに、封じられた筈の技術、核動炉を積んだモビルスーツが存在していた、と言う記録。その中の一機、フリーダム。ストライクと言う機体に感じたものと、同じ引っ掛かり方。ついていた粗い画像の中で、白を基調としたその姿は、確かに似ている。
「…フリーダム…?」
 画面をスクロールして行くと、様々な機体スペックと共に、現在は失われている事を知った。同じく核動炉を積んだ他の機体と共に、先の戦争の中で失われたのだと。
 パイロットの名前は不明、と表示されていた。機体の完成直後何者かによって奪われた機体は、後に戦争終盤、ラクス・クラインの元にあった。ジャスティスと名付けられた機体と共に。
 今もなお稼動しているニュートロンジャマーの影響を受けずに核動炉を動かす技術は、不自然に削除された形跡が見られた。名称すらなく、流してしまえば気付かない程の完璧な仕事。それだけに、気付いてしまえば違和感が残った。
 そう言えば、先日見た情報の中に核ミサイルが放たれている記述があった事を思い出す。何らかの形でザフトの情報が流れ、地球軍の中でもその技術が応用されていたのではないだろうか。
 それを追って行くと、怪しげな情報に出会った。ネットの中では良く見掛ける情報屋、と呼ばれる人間が流すそれは、面白い事にフリーダムの隣りにキラの名前を乗せていた。たった一機で多くの戦局を変えてきたその機体を操っていたのがキラ・ヤマトなのだと。
「…冗談。」
 何処まで信じていいのか分からないそれを読み進めると、更に不思議な記述がある。
 最高のコーディネイター。その、唯一の完成体。それを研究し、開発に成功した科学者の名前。
「…ヒビキ、って…」
 最初の、ストライクのパイロット。
 ぱちり、とまた頭の奥で音がする。同時に、針で刺すような痛みが走って小さくうめいた。
「…っきしょ…ッ」
 きつく目を閉じてそれをやり過ごすと、ディアッカはそれまで見ていたマシンの電源を落とした。
 分からないのならば聞けば良い。けれど、キラではいくら訊ねても埒が明かない。それならば、知っている人間、答えてくれそうな人間に聞くしかない。
 チェアの背に掛けてあったジャケットを掴むと、ディアッカはキラには何も言わずに部屋を出た。

 突然の訪問者に、暫く固まった。何気なくそこに居合わせた自分は、間が悪かったとしか言いようがない。
「…ディアッカ…」
 呆然と呟くと、相手も少し驚いたように眉を上げて。
「…アスラン?お前、行方不明だって聞いてたけど?」
 おかしいな、お前もでかくなってるしと言って笑う友人は、全く変わっていないように見える。けれどそれは、あくまでもアカデミーで顔を合わせた頃の。飄々として、何処か他人に冷たい感じのする友人。
 言葉が上手く見つからない。言い澱んでいるとディアッカはあいついるかな、と言った。
「イザーク。まだ仕事中か?」
 その言葉には、緩く首を振って。上にいる、とアスランが音にするより早く、本人の不機嫌そうな声が降って来た。
「…百面相大会でもしてるのかお前らは。」
 そう言う下らない事は他所でやれ、と溜息混じりに呟いて、それでも何処か柔らかく口角に笑みを乗せる。
「珍しいな、ディアッカ。なにかあったのか?」
 イザークの問い掛けに、友人は話があるんだ、と答えて。
「キラの事で、少し訊きたい事がある。」
 さらりとそう言い放った。




















 先に言っておく事がある、とイザークは言った。
「…オレは、友人としてディアッカの記憶が戻らなければいいと思っている。」
 その方が幸せなのだろう、と。
 戦争の記憶は、辛くて哀しいものばかりで。けれど、けしてそればかりではないのだと、アスランは緩く首を振った。
「…俺は…思い出して欲しいと、思う。」
 大切な幼馴染が、幸せそうに微笑う姿を一度でも見てしまったら。どんなに後悔しようとも、幸せでいて欲しいと願うから。
 誰かを大切だと思うのは、難しくて暖かい、と。
「…そうか。」
 その道を歩んで行くのは本人なのだ。
 だから願う。
 どうか、幸せであるように。

 誰かが出て行く音がした。緩く溜息を吐いて疲労のピークを迎えた目頭を揉むと、キラは空になったマグカップを持って席を立つ。それでもそっと自室のドアを開けてリビングを覗き込むと、しんとした空間だけが存在していた。