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綾沙かへる
綾沙かへる
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Flash Memory ~あの日見た朝焼け~

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 そっとドアの隙間から伺ったキラの寝顔は、あまりにも青褪めていて。ほんの少し、背筋に冷たい感覚を覚える。
 携帯端末でイザークと連絡を取って迎えを呼ぶと、小ぶりのデイパックに何かを詰め込んだ友人はじゃあ行って来る、とだけ残していった。戻るつもりがあるのか、ただの誤魔化しなのか。その判断はアスランにはつかなかったけれど、彼がそんなに中途半端でいい加減な人間ではないと知っている。だからただ頷いて見送った。
 それからまたしばらく時間が流れている。
 あれほど降っていた雨がいつの間にか止んでいた。
 ベランダの窓を細く開けて、冷えた夜風で空気を入れ替えて。
「…間違ったのかもしれないな。」
 どこで、なのか。何が、なのか。
 それでも、何度も傷つけた優しい親友を、少しでも助けてやりたいと思って。
 そんな親友を任せると決めた友人を信じて。






 眩しい、と思った。
 緩やかに浮かび上がる意識に、朝を迎えた部屋の明るさが瞼の裏側にも伝わって、キラはゆっくりとそれを押し上げる。
「…あれ…?」
 いつ自分の部屋に戻ったのだろう。
 柔らかな毛布に包まったまま、ぼんやりと記憶を掘り起こす。半分開いたドアの向こう、リビングにあるテレビから小さく流れるニュースキャスターの声に、珍しいな、と思ったところで身体を半分起こした。
 軽く髪を掻き回して、久しぶりに貪った深い眠りの名残を追い払うと、毛布を除けてカーペットの上に足を下ろす。ぼんやりとした意識を引き締めるために顔でも洗おうかと自室を出ると、ソファの上に頭だけ出ていた人が目に映る。
「何で…?」
 親友が居るような気がする。
 見慣れた癖のある金髪ではなくて、コーディネイター特有の、青みがかった黒髪を持つその人は小さな呟きが聞こえたのか、軽く髪を揺らして振り返った。
「おはよう、キラ。」
 そう言って柔らかな笑みを向ける親友は、一瞬後に困惑したような笑顔に変わる。
「…なんで、アスランがいるの?」
 ずいぶん間の抜けた問い掛けだな、と自分でも思った。それに苦笑を返したアスランは、後で説明するから、と言って立ち上がる。
「とりあえずキラ、着替えてきたほうがいいんじゃないか?」
 相変わらず困惑した表情のまま指された指先を追っていくと、途端に頬が熱くなった。ところどころ無残にも破れたシャツを両手で掻き合わせて、そうだね、と小さく頷くのが精一杯。
 悲しいのか悔しいのか、恥ずかしいのか。
 ごちゃ混ぜな気持ちを抱えたまま自室に回れ右をしたキラは、もう衣類としては役立たずになったシャツを脱いで、力任せにダストボックスに投げつけた。
 冷たい眼差しと、力任せにぶつけられた感情は確かに怖いと思った。まったく知らない誰かを見ているようで。けれど、どこかで嬉しいと言う感情を覚えたのも事実だ。ディアッカが何を思ってあんな行動に出たのかは解らないけれど、確かにキラを求めてくれた。もしかしたらキラでなくとも良かったのかもしれないけれど。
 柔らかな熱に浮かされて、温かな腕に抱かれていたときの記憶を、思い出してしまったから。キラにしか残っていない記憶。耳元で響く、少し低くて柔らかな声を。暖かくて、自分よりひと回り大きな手のひらを。
「…危ない人みたい…」
 あんなに失礼とも取れる態度をとったくせに欲求不満かも、と声には出さずに呟いて、火照った頬を両手で叩いた。
 クローゼットから適当に引っ張り出した長袖のTシャツを被って、タイミング良くコーヒー入ったぞという親友の声に応えて。
「そんなに、都合良く行く訳ないよね。」
 ほんの少し寂しい気分になりながら、気持ちを切り替える。
 その、優しい腕を切り捨てたのは自分。
 何も告げずに、すべてを拒絶したのも自分。
 ほら、それでいい。
 ほんの数分前に感じた、懐かしくて幸せな気持ちとは正反対に冷たく凍っていく心。
「もう少し、だからね。」
 忘れてくれて良かったのかもしれない。
 本当に、心の底から願うのは、あなたの幸せだから。
 そのために、自分のすべてを犠牲にしても、構わないから。
 自分のすべてと引き換えに、あなたが何の憂いもなく過ごしてゆける、世界を。


 顔を真っ赤にして自分の部屋に消えたキラを見送って、ゆっくりと詰めていた息を吐き出した。
 なんてこと、したんだよ。
 まったく予想がつかなかったわけではないけれど、事実を目の当たりにすればいくら表情の動きに乏しい自分でも限界が訪れる。
「…気付かれてないよな…?」
 理性が飛ぶ、と言う状況に、覚えがないわけではない。健全な青少年ならば、ごく当たり前のことだとも、思う。ただし、時と場合にもよるけれど。今更ながら、ディアッカが犯罪者にならなくて済んだ、と言った意味が理解出来た。
 キラの細くて白い首筋に、鮮やかに付いた赤い跡が目に写った瞬間、正直言葉を失ってしまった。同時に、未遂で済んで良かったと心の底から思った。代わりを引き受けた手前、万一その先まで行為が及んだ後だったりしたら、とても居た堪れない。
 朝からとても強い疲労を感じながら、セットしておいたコーヒーメーカーがこぽこぽと立てる音にキッチンに向かう。
 正直に、教えたほうがいいんだろうか。
 二つ並んだカップを前に、しばらくアスランは真剣に悩んでいた。


 続行中だろう、と見事に並んだ朝食を前にして、友人はどこか楽しそうに笑った。
「…なんだよいきなり。」
 ここに来る前から寄りっぱなしの眉をさらに寄せて聞き返すと、イザークは行儀悪くクロワッサンを放り投げて言い放った。
「自己嫌悪。」
 決まってるだろうが、とでも言いたげに非難がましい眼差しを正面から受け止めて、気分はさらに落ち込んでいく。
「…簡単に終われば苦労しねぇって。」
 そもそも、こんな状態にすらならなかったかもしれない。
 自分でも、どうしてあんなことをしてしまったのか良く覚えていない。少し冷静に思い返してみると、未遂で終わったとはいえ、最低だと言う事実以外は何もないような気がする。
 否定はされなかったからそういう関係だったのだろうと言うことは理解したし、納得もした。なくしてしまった記憶の中の自分が、どれほどキラのことを大切に想っていたのかは、無意識に湧き上がる強い後悔に思い知らされた。もしかしたら、今の自分の想いにも。
 あんなに哀しい微笑ではなくて、心からの笑顔を見てみたい、と。
「オレ、アイツの事、好き…なのかな。」
 零れ落ちた言葉に、目の前に座っていた友人は目を丸くした。固まった両手から、千切れたクロワッサンがテーブルに落ちる。
「…おまえ」
 いや、ちょっと待て、と何処か焦ったように自問自答を繰り返すイザークに、薄く笑う。
「別に、思い出した訳じゃないけど。けど、なんか、そんな気がする。」
 そう考えれば、とても単純な話だ。自分が、キラに惹かれているのも事実で。本心が全く読めなくて、苛々するのもまた事実だけれど、好きだから欲しいと思った、それで納得が行く。その想いが、忘れている自分の記憶の中の話なのか、出会ってから芽生えた感情なのかは、この際問題ではなく。
 とても複雑そうな顔をしたままの友人に、これオフレコな、と言って。