Flash Memory ~あの日見た朝焼け~
首謀者を突き止めた、と言う報せと共に出来あがった計画を持ってきたのは、約束の最後の日の夕方だった。急過ぎる計画に、イザークは眉を寄せて黙り込む。
「わりと、強情な所もあるからな、キラは。」
こうと決めたら頑固だし、と苦笑混じりに友人は続ける。
提示された資料と証拠、ザフト軍人にとっての最悪の事実は、軍に戻り隊長と呼ばれるイザークにしてみれば一番頭の痛いものだった。それでも可能性を検討するより早く、端末で呼び出した部下に指示を与えて緩く溜息を吐く。
「それで、どのくらい動かせばいい?」
現場は小さなホール。あまり大勢は送り込めないぞ、と言う言葉と共に投げられた問い掛けに、アスランは見取り図を広げ、印のつけられた個所と人員配置を手早く説明し始める。
「ここ、とここ。それと全ての出入り口の封鎖。一般の無関係な人間もいるから、そっちの護衛にも何人か割きたい。一応、極秘で協力の旨は伝えてあるから、極力小人数で来て貰う手はずになっている。」
キラの顔を知る人間は少ない。本人が可能な限りの映像、画像を端から綺麗に消去しているからだ。ネットに上げられる物はもちろん、手許にも写真の類は一切ない。思えば、そこまで徹底的に自分の痕跡を消し去っている所がそもそも不自然だったのだと、気付いたのはここに来てからだ。
写真が嫌いな人間は普通にいるから、気にも留めなかった。その理由は、友人達から語られた話と、自分で探り当てた情報から窺い知れる。戦争を終らせたと言う事実も、一国家元首の血縁だと言う事実も、キラが普通に生きて行く上では邪魔な肩書きなのかも知れなかった。
そんな理由を以ってしても、あまりにも大胆かつ危険な計画。
細かく見取り図に記載された招待客の座席。ごく当たり前のように一番後ろの隅にはキラの名前が載っていた。
目の前で流れて行く話を、ぼんやりと聞き流している。実害を被ったのは自分なのだから、本来は一番関係がある話の筈なのに、全く頭には入らない。
変わってくれと自分が頼み込んだ筈なのに、頼まれた友人は目の前にいる。それはつまり、今あの部屋にはキラが一人で残っている、と言うことで。それが気になって仕方がない。
「…なあ。」
不意に口を挟まれて、不思議そうにアスランとイザークは同時に顔をこちらに向ける。
「今、あいつ、一人なんだよな?」
それでいいのかと続けると、片方は護衛が残っていると言い、もう一人は口を噤んだ。
「…悪い、ディアッカ。」
暫く沈黙を置いて、アスランは小さくそう言って。
「本当は、すぐに言うつもりでいたんだけどな。」
テロリストを誘い出す計画に夢中になっていて忘れてた、と前置きしてから、少し困ったような笑みを浮かべた。
「戻って、取り敢えず謝った方がいいかも知れないな。」
その言葉に、内心小さく溜息を吐いて。
「つーか、そういうことはもっと早く言ってくれよ…」
そもそもこの二日間、小難しい書類やら、複雑なセキュリティを掻い潜って電脳世界をさ迷って端から情報を掠め取るやら、同僚を名乗る何人かと宴会に駆り出されるやらで、一時忘れる事はあってもゆっくり考える時間すら持たせて貰えなかったのだ。それなのに、唐突に表れた友人はごく簡単な事のように謝って来い、と来た。
この件に関しては所詮他人事だ。最初からそう宣言していたイザークは、そのやりとりを横で聞きながら微かに笑いを堪えている様子だし、アスランは対称的に大真面目だ。
「…馬に蹴られるのはごめんだな。」
恨みがましい視線を向けると、イザークはさらりと言い放った。
「そう言う訳だからもう行ってもいいぞ。後はこっちでやっておく。」
取り敢えずこの友人はザフト内における立場として、自分の上官に当たるらしい。その辺りが解せないような当然のような、妙な納得を生んでいる。
曖昧な気持ちのまま約束の時間に唐突な終りを告げられて、諦めたようにディアッカは立ち上がった。
「…じゃあ、お言葉に甘えて。ああ、アスラン、サンキュ。」
半ば自暴自棄になりつつそう言うと、アスランは冗談の欠片も見せずにキラから目を離すなよ、と言った。
「多分、今のキラは危ない。狙われているのも勿論だが、一人でなんとかしようと、するかもしれないから。」
微かに視線を揺らしてそう続ける。それが、彼も不安なのだと言う意思が垣間見えた瞬間だった。
だから、気にも留めないふりをして唇に笑みを乗せる。
「…了解。」
「…惚れたそうだ。」
ディアッカが退出してすぐにイザークがそんな事を言うから、思わず目を丸くした。
「…は…?」
過去の事実がどうであれ、今のディアッカがキラに、と言うことなのだろうか。アイツは昔から手が早いからな、と言ってイザークは笑う。
「その分、本気になった事は少ない筈だ。今のアイツは本気だと、思うぞ。」
あの頃だって本気だったさ、とアスランは小さく呟いた。
戦争をしていて、辛くて哀しい事がたくさんあったあの頃。だれにも見せずにいた涙を、ディアッカの前では隠す事もせずにいたキラ。泣き疲れて眠ってしまったキラの頭を、ただ優しく撫でていたディアッカ。
ただ、その場所だけ時間がゆっくりと流れて行くような光景を、偶然目撃した事を思い出す。泣き虫だとからかわれていた親友が、気を張って、前を向いて、誰をも安心させるような笑みすら浮かべていつでも先頭に立っている事が出来たのは、彼の力が大きいのだと、思い知った瞬間。
互いを思いやる事と、誰かを信じることが、自分が他人に出来る事なのだと。本当は、それしか出来ないのだと。遠くなってしまった母親の言葉を実践出来た彼らが、羨ましかった。
「…信じる、か。」
だからその強さを、信じたいと思った。
気がつくと、薄闇の中にいた。
点けっぱなしのマシンのモニタが弱々しく灯る室内に、ぼんやりと視線を走らせる。何時の間にか眠っていたらしく、所々痺れた身体をゆっくりと起こすと、寝癖のついた頭を無意識に掻き回した。
慌ただしく出ていった親友を見送ったあとの記憶が曖昧だった。すぐに戻らせるから、と言って彼は出ていったけれど、他に誰かがいる気配もない。
「…まあ、当然、かな。」
戻らせる、と言ったのが誰のことなのかくらい簡単に想像がつく。そうして彼は戻らないだろうと言う事も。働かない頭で弾き出した感想を呟いて、キラはベッドから降りた。
喉の乾きを覚えて、ほとんど使われたこともないキッチンスペースの片隅に置かれた冷蔵庫に向かう。途中横切ったリビングは恐ろしいほど散らかっていて、床に詰まれたディスクの山を何度か蹴飛ばした。乾いた音をたてて崩れるそれらを、あとで片付けなきゃな、と思いながらも放置して、良く冷えたミネラルウォーターを喉に流し込むと、ぼんやりしていた思考がようやく目を覚ました。
キッチンカウンターのライトを灯すと、僅かな明かりに目を細める。カウンターに拠り掛かったままなんとなく視線を空にさ迷わせていると、玄関のロックが解除される音がした。この部屋には入れる人間は限られているから、誰か、なんて簡単に分かる。程なくリビングに続く扉が開いて顔を出したのは、出来れば今は一番会いたくないと思っていた人。
作品名:Flash Memory ~あの日見た朝焼け~ 作家名:綾沙かへる