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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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Flash Memory ~あの日見た朝焼け~

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 金で雇った筈の連中は、使い物にならないばかりか、囚われた青年が容赦なく仲間を叩きのめす様を見てさっさと逃げ出した。任務に忠実な部下達はことごとく床に沈み、ただ部屋の中に残されたのは奇妙な静寂と、老人だけ。
「あなたは、僕の一番大切な人を傷付けた。」
 だから、許さない。
 微笑を湛えた青年に、殺される、と思った。けれど、外されることのなかった銃口が、不意に逸れる。キラが床に身を伏せるのとほとんど同時に、キャビネットの上にあった花瓶が粉々に砕け散った。金縛りにあったようにソファに縫い留められていた身体は、危険を避ける本能に従って床に這いつくばる。
 幾つもの銃声が響き、部屋の至る所を銃弾が穿って行く。同時に、広い庭先に何台もの車が止まる音がした。
 ベランダから何人もの人間が部屋に進入し、その中の何人かが小さく悲鳴を上げて倒れ臥す。そんな一連の光景を床に伏せて頭を抱えていた老人は気にしていられなかった。ようやく静かになった部屋の中で恐る恐る顔を上げると、額に冷たい銃口が押しつけられる。
「ご苦労様、でした。」
 雇った筈のテロリストが、慈愛に満ちた笑みを浮かべて言い放つ。
「あなたの役目は、ここで終りです。」
 なんの事だ、と問い質す前に強い衝撃を受けて目の前が真っ白になった。躊躇いもせずに引き鉄を引いた男の唇が、さようなら、と動いた事すら認識せずに、老人はあっさりと人生を終えた。


 手応えがないなあ、と思った。
「折角、大人しくここまで来たのにね。」
 白目を向いてひっくり返った男の手から銃を取ると、豪奢な椅子の上で油汗を浮かべる老人を見据えた。漸く終るかな、と思っていた。けれど一瞬後に、首筋に異様な程のなにかを感じてとっさに床に伏せる。直前まで自分の頭があった空間を、鉛弾が通り抜けて行く。派手な音を立てて花瓶が割れる音に、広いベランダを振り返ると、一様に血走った表情の人間が何人もこちらに向かって銃を掲げ、躊躇いなく引き鉄を引いた。
「…こんな…に…ッ」
 ここまで来て、こんな伏線があるとは思わなかった。向かい合っていた老人が怯えたように蹲る様を見て、こちらの集団は間違いなく自分の命を狙っているのだと確信した。
 一体どちらが利用されているのか分からない。容赦なく飛び交う銃弾の中で、まともに思考が働く筈もない。掠めた銃弾から生まれる痛みに微かに眉を寄せ、部屋を飛び出した。
「…これで良かったのかな。」
 無駄に長い廊下を走り抜け、苦笑混じりに呟いた。置き去りにした老人の事は既に思考から消え去って、どうやって突き止めたのか分からないけれどここに辿りついた友人達に小さく謝罪する。
「でも、やっぱり、僕がいちゃダメなんだよ…」
 この世界に、必要のないもの。
 チェーンの先で揺れる金属の欠片を握り締める。その手のひらは、何時の間にか自分の血で濡れていた。
「そろそろ、終りにしませんか…キラ・ヤマト君?」
 唐突に銃声が途切れ、変わりに聞こえて来たのは背筋が冷たくなるほど優しい声だった。テロリストの頂点に立ち、ブルーコスモスの幹部クラスに位置する男は、キラが身を隠している壁の向こうをゆっくりと近付いて来る。覗き見た限り、相手は一人。手許の銃には、残り三発の銃弾。緩く息を吐いて、背中を預けていた壁から身体を離す。
「…何が、終るんですか?」
 薄く笑みを履いて、対峙した男に向かって言放つ。銃を持つ手は下げたまま。
 ここで終るのは、誰かの命だ。それは等しく誰にでも訪れるもの。目の前の男が終らせたいのは、自分の命。けれど、終らせるのはここじゃない、とキラは思う。
「全て、ですよ。そうして、世界は変わる。元より、憎しみのない世界なんかつまらないじゃないですか。」
 心底楽しそうに、彼は言った。
 憎しみのない世界なんて、有り得ない話だ。それはキラも悔しいけれど承知している。自らの手で切り開いた世界が、必ずしも全ての人が望む物ではないと言う事も、自分が誰かに憎まれていると言う事も。
「それは、あなたがたにとって、でしょう?」
 今でも、人殺しは嫌だ。誰も傷つけたくないと願っているのに。それでも、緩やかな動作で上げた手の中には、人殺しの道具が握られていて。
「…残念ながら、ここで終る気はないんです。」
 言いながら、乾いた銃声と共に放った銃弾が、男の後ろにいた誰かに当たって倒れ臥す。
「終るにしても、僕は僕自身の始末を着けなくちゃ。」
 湧いて出る、と言う表現が一番近いかも知れない。一体どれほどの数がいるのだろう、とキラは内心で溜息を吐いた。
「…残念ですね。まあこちらは死体でも構いませんので。」
 緩やかにそう言い放った男が軽く手を上げるのと、キラがもといた場所に転がり込むのはほとんど同時だった。一斉に放たれた銃弾が、逃げ遅れた脹脛を突き抜けて行く。驚く程の熱に構っているほどの余裕もなく、片脚を引き摺って長い廊下を歩き始める。


 誘拐犯の邸は、どういう訳かテロリストに占領された邸に変わっていた。中では銃撃戦が展開されているらしく、途切れることなく銃声が響いて来る。
「足だけ止めろ。殺すとあとが面倒だからな。」
 さり気なく酷い事を言ってイザークは次々と部隊を分けて時間差で突入させる。それを横目に、ディアッカは使い慣れた銃の弾倉を確認し、避難していた使用人から裏口の場所を聞き出していた。
「…そんじゃま、行って来ますか。」
 最初から、止められるとしたら自分だけだとディアッカは伝えておいた。
「多分、アイツ、死ぬつもりだと思うから、さ。」
 記憶を取り戻した時点でザフト軍人に復帰したディアッカは、友人二人にそう言った。生きている事自体が間違いだと言っていた。もし、生きる理由があれば思い留まってくれるのではないかと思ったから。自分の存在が、少しでもその理由になってくれたら。
「自己満足、だけどさ。オレは、あいつを失いたくないんだ。」
 呆れたような溜息と、複雑そうな微笑と共に、友人達は頷く。そうしてただ、行って来い、とだけ言った。
「…死んだりしたら、許さんぞ。」
 遠回しな激励を背中で受けて、走りだす。


「これほど素早く動けるとは思いませんでしたが。」
 邸で依頼人を始末した男は、距離を置いて停車した豪奢な車内で端末に向かって言葉を紡ぐ。
 構わないさ、と画面の向こう側の青年は緩く笑みを浮かべる。
「…ザフトも、腑抜けばかりではないようですね。」
 駒は置いて来た。後は彼が首尾良く標的を始末すれば良し、出来なくともこの先の計画に大きな支障はない。
 頃合を見て引き上げて来ると良い、と青年は続ける。
『結果として、世界は未だ始まってはいないと言う事だよ。』
 承知致しました、と男が答えると、微笑を湛えたままの青年は軽く頷く。画面が途切れる間際、小さく猫の鳴く声がした。


 喉の奥が痛い。荒い呼吸に、身体の機能が限界を越え始めた。撃たれた右足はとうに感覚を無くし、ここまで引き返す間に増えた傷口からも絶えず失血している。
「…とにかく、ここから出ないと…ッ」
 なにも終らない。終らせる事も出来ない。