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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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ずっと好き?きっと好き、もっと好き!

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 「…そりゃ…これ以上、離れてるのしんどいからな。だから、今回の休暇でそれ、伝えるつもりだったんだよ。」
 伝える前に、ケンカして言いそびれているのだけれど。
 「…オレだって、いつまでもガキじゃないんだぜ?」
 その答えに満足したのか、アスランは笑った。
 「解ってるさ。それに、お前の所では知らないけど、俺の前ではお前の話ばっかりだ。お見せ出来ないのが残念なほど、イイ顔してるよ、あいつは。」
 羨ましいな、と言ってアスランは溜息を吐いた。
 「キラは、大事な幼馴染だ。お前も、大切な友人だ。だから、いつも幸せになって欲しいと思ってる。」
 だから行ってやれ、と言った。
 「あの時のセリフ、そっくり返すぞ。」
 キラの事、頼む。
 あの時、確かに自分でそう言った。
 「…解ってる。」
 それだけ言って、友人の部屋を後にする。


 泣き腫らした顔のまま、キラは歩道を歩いていた。
 アスランのいる基地まで大した距離ではなく、飛び出した時になにも持って来なかった為、交通機関は利用出来ないし、勿体無い。目が腫れているのも、顔が赤いのも、恥ずかしいけれど仕方がなかった。
 もっとも、歩きながら考え込んでいたために、周りの視線など気にする余裕もなかったけれど。
 「…どう、しよう…」
 ディアッカが来る、と聞いた途端に、反射的に立ち上がっていた。逃げるように部屋を出て、結局ケンカした現場である自分の部屋に向かって歩いている。
 キラの暮らしている部屋は、学校の寮ではなく普通のマンション。学校からも近くて、街の中心部からも離れていて静かな所が気に入って借りた部屋。
 過去はどうしたって消せないから、他人の視線が気になりすぎて精神が参ってしまった時期もある。だから、静かな場所を好むようになっていった。
 本当は、地球の方が良いのかも知れない。けれどプラントに居る事を選んだのは、傍にいたい人が居るから。
 通っている学校は、もうすぐすべての過程を終了する。そうしたら、自分はどうしたいのか。ディアッカの研修も終って、医師としてどこかの医療施設に就職するのだろうと思う。
 当たり前だけれど、それぞれの生活がある。
 ずっと一緒にいよう、なんて、結局は理想論でしかないのだろうか。そうだとしたら、哀し過ぎる。
 失ってしまう事の怖さや悲しさは、戦争の渦中に居たから良く知っている。同時に、護る事の難しさも学んでいる。
 それでも、大切なものを護ろうとして、今ここにいる。
 大切な人が、笑っていてくれればそれで充分なのだと。例え、その隣にいる事が出来なくとも。
 それでも。
 不意に、誰かが鋭い叫び声を上げた。思考に没頭する余り、周りが全く見えていなかった。
 視線の先には、不自然なほど近い距離にある車。とっさに身体を捻ったけれど、間に合わない。肩の辺りを引っ掛けられて、アスファルトに転がる。
 耳障りな急ブレーキの音と、ゴムの焦げる匂い。息が詰まる程の衝撃。
 跳ねられたのだと理解する前に、意識が先に薄れて行く。
 慌てたように集まる通行人の向こう側、走って来るその姿を最後に、キラの意識は途切れる。

 一瞬の出来事。
 遠くに、その姿を見付けた、と思った矢先。
 交差点に、夢遊病者のように歩いて行く姿に、危ないと思った時には遅かった。
 避けたように見えたけれど、ボンネットに押し退けられるようにアスファルトに転がった。
 「…キラ…!」
 走り続けた所為で言う事を聞かなくなり始めた足を叱咤して、野次馬の群れに向かって走って行く。
 「どいてくれ!」
 怒鳴り散らしながら、人の群れを掻き分けた先に飛び込んで来た光景。
 「…キラ?」
 息を呑んだ。
 鳶色の髪がアスファルトに広がっている。目を閉じて、ぐったりとしたまま動かない。
 「おい、キラ?しっかりしろよッ」
 誰かが、動かさない方がいいと言った。いくら新米とは言っても、ディアッカは一応医者の卵だ。言われなくてもそのくらいの事は分かり切っている。ただし、冷静な状態ならば。
 いくら声を掛けても、閉じられた瞼はぴくりとも動かない。ぱっくりと開いた額の傷から溢れた鮮血が、頬を伝ってアスファルトに染みを作る。
 震える手で抱き上げた身体は、鉛のように重く感じられた。
 誰かが連絡したのか、遠くから救急車のサイレンが聞こえる。キラを跳ねた車のドライバーは、真っ青になっておろおろするばかりだった。
 「…ッざけんな…」
 抱き締める手に、力が入る。
 もう二度と、こんな光景は見たくないと、あの時思ったのに。
 大切な人が、いなくなる光景は。
 救急隊員が、大丈夫ですかと声を掛ける。けれど、それすらもディアッカの耳には入らない。呆然としたまま、意識のないキラと共に救急車に乗せられて、その場を後にする。
 知らず、噛み締めた唇から血の味が広がった。

 長い時間、そこにいたような気がする。
 慌ただしい病院の廊下。慣れている筈の光景さえ、何処か現実離れしている。
 戦争が起きる前、変わらない明日が来ると信じていた。
 けれど、戦争は始まって、沢山の大切な人を失った。
 戦争が終って、当たり前の生活が戻ると信じていた。
 当たり前の毎日に慣れ切っていて、忘れていた。明日も、無事に生きている保障なんか何処にもない。それは、戦争をしていても、していなくても変わらない。死ぬ確率が上がるか下がるかの違いだけで、人は必ずいつか終わりを迎える。
 それは長い時間を要するかも知れないし、突然終ってしまうかも知れない。
 その事実と恐怖に、身体が震える。
 噛み締めて切れた唇が乾いてかさかさになる頃、睨んでいた処置室の赤いランプが消える。ドアが開いて、担当した医師が出て来ると弾かれたように立ちあがる。
 「…あのッ…キラは…?」
 よほど深刻な顔をしていたのか、医師は柔らかく微笑んで、大丈夫ですよと言った。
 「頭を打って、脳震盪を起こしていますが、異常はありません。額の傷も、縫合するほどでもないし、あとは細かい擦り傷ですから。」
 すぐに意識も戻ると思いますよ、と言って締め括られた医師の言葉に、安堵の溜息をついた。有り難うございます、と言って頭を下げると、軽く手を振って医師はディアッカの前を通り過ぎる。後に続いて出て来たストレッチャーの上で、相変わらず眠ったままのキラは少し青褪めていたけれどちゃんと呼吸していた。
 「大事をとって、今日は入院してもらいます。ええと、ご家族の方?」
 ついていた看護士の言葉に緩く首を振って、ディアッカは連絡しておきます、とだけ言った。
 「…おやおや、ヤマト君じゃないか。困ったねぇ、警察官の卵が事故に遭うなんて。」
 ディアッカが看護士と会話している間に、横から覗き込んだ初老の男が呟いた。不審に思って向けた視線の先には、小太りの男性と、ドライバーの姿が映る。
 「ああ、市警察のものです。ヤマト君には実地研修の時に。」
 ディアッカの視線に不審さを感じたのか、小太りの男はそう言って人の良さそうな笑みを浮かべた。
 一応人身事故だから、と言って職務質問を受けた後、しきりに頭を下げるドライバーと共に警察官はまたお呼びするかも知れませんと名刺を置いて行った。