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愛されてますよ、さくまさん

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この槍村という男は佐隈を口説くつもりでいるらしい。
それをベルゼブブは察する。
槍村は悪魔の見えない普通の人間なのだろう。佐隈のそばにいるベルゼブブに気づいていない様子だ。
帰ろう、とベルゼブブは思った。
この男があらわれるまえから、佐隈と別れて魔界に帰るつもりだったのだ。
これ以上ここに留まっている理由はない。
槍村が佐隈を口説くつもりであってもかまわない。
自分には関係のないことだ。
悪魔の自分には関係のないことだ。

「佐隈さん、マキちゃんのことすごく心配してて、世話もしてたよね。あのとき、いい子だなって思った」
槍村は少し引き気味の佐隈に対し熱心に話す。
「あのあとバタバタしちゃって連絡先を聞かないまま別れちゃったけど、ずっと君のことが気になってて、だから、連絡先を聞かなかったことを後悔した」
どこまでが本音なのかわからないが、真実味があるように聞こえる。
だからだろう、佐隈は真面目な表情になって槍村の話に耳をかたむけている。
今の佐隈には気まずさも警戒心もないように見える。
「オレは君と話がしたい」
槍村は誠実そのものの様子で、言う。
「佐隈さん、オレに時間をください」

ああ。
ベルゼブブは思う。
きっと佐隈はこの男と飲みに行くだろう。
そして、口説かれて。
口説き落とされるのだろう。
だが、そうなったとしても自分には関係のないことだ。

自分は悪魔で、彼女は人間だ。

ベルゼブブは魔界に帰ろうとした。

そのとき。

「こうして君とまた会えたのは、運命だって思うんだ」
そう佐隈に告げる槍村の声が聞こえた。

運命。

佐隈と槍村が再会したことが、運命。

それならば、自分と佐隈が出会ったことは、なんだ。

悪魔である自分と人間である彼女が出会ったことは、なんなのだ。

それだって。
それだって、運命ではないのか……!

「さくまさん」
話しかける。
みずからの意志で姿をあらわした。
普通の人間にもこの姿が見えるようにした。
佐隈がベルゼブブのほうを向いた。
槍村は佐隈のそばに突然ベルゼブブがあらわれたので驚いている。
ベルゼブブは佐隈と眼が合ったあと、視線の先を移動させた。
「あなたはさくまさんと飲みに行きたいようですが」
王子様のようだとよく言われる美しく整った顔を、槍村に向ける。
「このあと、さくまさんは私とずっと一緒にいる予定なんです」
頬に笑みを浮かべた。
優雅な笑みだ。
槍村は言葉を失っている。
「それでは」
ベルゼブブはふたたび佐隈を見た。
「行きましょう、さくまさん」
さらに、自然な動作であたりまえのように佐隈の左の手のひらをつかんだ。
彼女の手のひらを優しく握る。
ベルゼブブは歩きだした。
「あ」
佐隈が声をあげた。
「じゃあ、槍村さん、失礼します」
少し早口に、別れの挨拶をした。
槍村に未練のない様子だ。
つないでいる手を引っ張られるのに逆らわずについてくる。
ベルゼブブはまた頬に笑みを浮かべた。
しばらくして。
「ベルゼブブさん」
佐隈が歩きながら話しかけてきた。
「魔界に帰るんじゃなかったんですか?」
不思議そうな顔をしている。
なぜベルゼブブが魔界に帰らなかったのか、なぜベルゼブブが槍村に対して姿をあらわしたのか、なぜベルゼブブがこんな行動に出たのか、わからないらしい。
彼女はこういったことには鈍感なのだ。
なぜなのかを話さないでおくことはできる。
ごまかすこともできる。

自分は悪魔で、彼女は人間だ。

でも。

自分の中に、特別な感情がある。
その感情が自分の心を揺さぶる。

「さくまさん」
ベルゼブブは歩く足を止めた。
佐隈も立ち止まった。
そんな彼女をベルゼブブは正面から見る。

もう頭で考えて自分の中にある感情を否定しない。
その感情に従うことにする。

「私は」

もう迷わない。
突き進んでやる。

「あなたのことが好きなんです。ひとりの男として、女性のあなたが好きなんです」