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愛されてますよ、さくまさん

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王子様の本気(べーさく)



彼女は人間で、自分は悪魔だ。

住む世界が違う。
そもそも同じ生き物ですらない。
混じりあうことなんかできないのだ。


夜の繁華街。
空は闇に染まりきらない灰色で、星は見えない。
地上にはネオンサインなどの光があちらこちらにあって、その輝きそのものは美しいのに、なぜか心に響かない。
あたりを行き交う人々の表情は様々だ。
彼らの話す声、足音などが、ひとかたまりの雑音となり、まるで波のように打ち寄せてくる。
そんな中にベルゼブブはいた。
人間界にいるのだが、魔界にいるときと似た姿である。
通常は芥辺にかけられている結界の力が今は解かれているのだ。
人間に見えるよう変装もしている。
ただし、ほとんどの人間は今のベルゼブブを見ることができないだろう。
悪魔は普通の人間には見えない。
もっとも、みずからの意志で姿をあらわすこともできて、実際さっきまではそうしていた。
しかし、今のベルゼブブにその気はないので、悪魔の見える人間以外には見えないはずである。
「ベルゼブブさん」
佐隈が笑顔で呼びかけてくる。
「仕事、うまくいって良かったです」
ベルゼブブが今ここにいるのは探偵事務所の仕事のためである。
結界の力が解かれているのも、もちろん今回の仕事のためだった。
女性がひとりでは少し危ない場所に行くということで、ベルゼブブが人間に変装をしてついていったのだった。
見た目だけなら、アザゼルにかけられた結界の力を解いて佐隈についていかせたほうが良かったかもしれない。
だが、それぞれの能力の違いのため、ベルゼブブのほうが選ばれたのだ。
それに、アザゼルが人間のように見える姿になって夜の繁華街に行くことに、探偵は不安を感じたようだった。
つまり私は信頼されているということ。
当然だ、とベルゼブブは思う。
自分は魔界の貴族であり、エリートであり、そして紳士なのだから。
「はい」
ベルゼブブは佐隈に返事をする。
「そうですね」
その端正な顔には優雅な笑みが浮かんでいる。
「ベルゼブブさんの協力のおかげです」
佐隈はベルゼブブを真っ直ぐに見て、言う。
「ありがとうございました」
その声から敬意を感じ取る。
彼女は礼儀正しい。
悪魔というだけでは恐れず、かといって、契約者としてえらそうにすることもない。
そう、自然に接してくるのだ。
ベルゼブブやアザゼルが結界の力で小さな身体になっているときには、手をつないだり、膝の上に乗せたりもする。
見た目はメガネをかけた地味な娘だ。
やや堅い印象があり、愛想がいいほうではない。乱暴な言動をすることもある。
けれども、優しい。
それに、おいしいカレーを作ってくれる。

自分は悪魔で、彼女は人間だ。
求めるな。
ともにあることを望むな。
望んでもどうにもならないことを願うのは愚かだ。
そんな愚かなことを自分はしない。

「……仕事ですから」
素っ気なく聞こえない程度に、あっさりとした声で、ベルゼブブは答えた。
「それでは、私は魔界に帰ります」
今回の件は片づいた。危険な場所からは去った。ここから先は佐隈ひとりでも問題はないだろう。
仕事を終えたのだから、自分はもう帰ってもいいはずだ。
そうベルゼブブが思ったとき。
「あれ、佐隈さんじゃない?」
若い男の声が飛んできた。
名前を呼ばれた佐隈はその声のほうを向く。
ベルゼブブも視線を走らせた。
「やっぱり佐隈さんだ」
佐隈と同い年ぐらいの青年が近づいてきた。
どうやら佐隈の知り合いらしい。
だが、佐隈はきょとんとしている。
「佐隈さん、オレのこと覚えてない?」
「……えーと」
「槍村だよ! ほら、このまえ、一緒に飲んだじゃない。こっちは波目岡とかいて、女の子は、マキちゃんと、あと、恵さんがいてさ」
「あー、ユミちゃん主催の合コンの……」
「あのときは、マキちゃんが舌かんじゃって、ビックリしたよねー」
「そうですね……」
明るい槍村とは対照的に、佐隈は気まずそうな様子だ。
「オレが救急車呼んで、そしたらドクターヘリが来てさあ、マキちゃんに付き添って、一緒にヘリに乗ったよね」
「ええ、そうでしたね……」
「ねえ」
「はい」
「こんなところで立ち話するのもなんだし、せっかく偶然また会えたんだし、これから、ふたりで飲もうよ」
「え」
「だって、オレ、君とたくさん話がしたいんだ」