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愛されてますよ、さくまさん

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「緊急事態ですか?」
ベルゼブブは佐隈にたずねた。
ひさしぶりに召喚されたこと。
しかも、いつもとは違って事前に知らせるメールがなかったこと。
さらに、今の佐隈の緊張。
それらが状況の悪さを想像させる。
佐隈が口を開きかけた。
だが。
「どこに隠れてやがる!」
「このビルに逃げこんだのはわかってんだぞ!」
そう怒鳴る男たちの声と、イラだたしげに壁を乱暴に蹴る音が聞こえてきた。
佐隈はビクッと震え、グリモアを閉じ、それを胸に抱きしめる。
下の階にいるらしい男たちに対し、おびえている。
「なるほど」
ベルゼブブは冷静に言う。
「彼らに追われているんですね?」
「……はい」
佐隈は肯定した。その声も、わずかに震えていた。
しかし、そんな自分を恥じたのか、佐隈は眼を閉じて、一瞬、顔をしかめた。
それから、堅い表情で話す。
「事務所に依頼があって、私が引き受けたんですが、それが、あのひとたちの商売を邪魔をすることになって」
「彼らを怒らせてしまったんですね」
「はい。つかまったら、どうなるかわかりません」
佐隈はその胸のそばにあるグリモアを強く抱きしめた。
彼らにつかまった場合、なにが自分の身に起きるのかを、想像したのだろう。
「アザゼル君はどうしましたか?」
「逃げる途中で事故にあい、自分を置いて逃げろと言われました」
「ああ、それで問題ないでしょう。アザゼル君は彼らには見えないので、つかまることはないでしょうし、たとえ大ケガしても回復しますから」
アザゼルはここにはいない。
そして、佐隈がここにいることを知らないのだろう。どこにいるのかわからなければ、助けにはこられない。
ベルゼブブは佐隈をじっと見て、告げる。
「最初から私を喚べば良かったのに」
アザゼルと自分では職能が違う。
凶暴な男たちが追ってくるのに対し、アザゼルでは足止めさせることはできないが、自分ならば、それができる。
それなのに、佐隈はこんな寂しい場所に逃げこんで、男たちが迫ってくるのにおびえるようになるまで、ベルゼブブを召喚しなかったのだ。
おそらく、返事を保留していることを気にしてだろう。
佐隈は気まずそうに眼を伏せた。
だが、ベルゼブブは佐隈を見すえたまま、問う。
「イケニエはありますか?」
すると、佐隈はハッとしたように顔をあげてベルゼブブを見る。
「ありません」
そう告げた口は閉じられたあと、強く引き結ばれた。
イケニエなしに悪魔に力を使わせたら、グリモアの制裁がくだる。
そのことを佐隈はよく知っているはずだ。
佐隈はふたたび眼を伏せて、黙りこんでいる。
男たちに追われていて、つかまれば酷いめにあうのはほぼ確実な窮地に追いこまれ、悪魔を喚びだしたが、イケニエがないから助けてくれとは頼めない。
それが、今の佐隈の状況である。
ベルゼブブの口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「さくまさん」
呼びかける。
優しく。
悪魔らしく、魅惑的に。
「今のあなたでも用意できるイケニエを、私が提案しましょう」