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愛されてますよ、さくまさん

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佐隈がまたベルゼブブを見た。
メガネの向こうの眼は真剣そのもの。
そうなって当然だろう。
下の階から追ってきている男たちにつかまれば、犯されて、殺されるかもしれないのだから。
佐隈の強い眼差しを受け止め、ベルゼブブは口を開く。
「さくまさん、私にかけられた結界の力を解いて、本来の姿にもどしてください」
「え」
一瞬、佐隈はあっけにとられたような顔をした。
しかし、すぐに表情を引き締める。
「それでいいんですか?」
堅い声で聞いてきた。
だから。
「はい」
ベルゼブブは素直な様子で、うなずいた。
「わかりました」
佐隈もうなずく。
「結界の力を解きます」
そう言うと、佐隈はグリモアを開く。
ベルゼブブは佐隈のそばから少し離れ、下降し、床に足をつけた。
佐隈と向かい合って立つ。
こうしていると、佐隈を見あげなければならない。
今の自分の小ささを強く感じさせられる。
佐隈が呪文の詠唱を始めた。
芥辺のかけた結界の力を解くためである。
そんなことまで佐隈はできるようになったのだ。
もっとも、悪魔使いの才能を伸ばすことが彼女にとって良いことは限らないが。
しばらくして、佐隈の詠唱が終わった。
終わると同時に、ベルゼブブは身体に衝撃を感じた。
姿が変化する。
魔法陣を通り抜けて人間界に出たときとは逆の変化だ。
ペンギンのような姿から、ベルゼブブ優一の本来の姿にもどった。
正面に立っている佐隈よりも、今の自分は背が高い。
ベルゼブブは微笑んだ。
優雅さが漂う。
「……これでいいんですね」
少し間があってから、佐隈が確認するように聞いてきた。
「はい」
ベルゼブブはうなずいた。
だが、それで終わりではなく、続ける。
「それでは、イケニエをいただきましょうか」
「なっ……!?」
佐隈は眼を見張った。
「なんで、どうしてですか。結界の力を解くのがイケニエの代わりですよね」
「そんなことを、私は言った覚えはありません」
悠然とベルゼブブは否定する。
「私はあなたに結界の力を解くように頼みましたが、それがイケニエの代わりだとは言いませんでした」
「でも」
「さくまさん。あなたは、私が結界を解くよう頼んだとき、それでいいのかとたずねるのではなく、それがイケニエの代わりなのかと問うべきでした」
だから、あのとき、ベルゼブブは素直な様子でうなずきながら、内心ほくそ笑んでいたのだ。
「ベルゼブブさん、私をだましたんですね」
「私は嘘はひとつもついていませんよ」
「それは、そうですが……」
佐隈は苦しそうな表情になった。
ベルゼブブの言ったことが正しいと認めるしかないのだろう。認めたくなくても。
彼女は悪魔と慣れ親しみすぎて、悪魔と交渉する怖さを忘れていたのだ。
悪魔にはだまされないように気をつけなければならないのに。
ただし、悪魔は契約に縛られる。
結界の力を解くことがイケニエの代わりだと約束させられれば、そのとおりにするしかなかったのだ。
悪魔にとっての契約の重さを、誓いの重さを、佐隈は知っているのだろうか。
「さくまさん、私に助けてほしいんでしょう?」
ベルゼブブは微笑みながら問いかけた。
けれども、佐隈は黙っている。
答えないのは、否定しないのは、肯定。
そうベルゼブブは解釈して、話を進めることにする。
「あなたを助けるためにはイケニエが必要です」
ベルゼブブは佐隈との距離を少し詰めた。
そして。
「私はイケニエとして、あなたの唾液を要求します」
佐隈の眼をじっと見ながら、告げた。