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愛されてますよ、さくまさん

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メガネの向こうの瞳が揺れる。
「唾液って……」
「迷っている時間はないと思いますが?」
ベルゼブブは佐隈のためらいを打ちくだくために事態が切迫していることを意識させる。
悩む時間を与えたくない。もしかしたらあるかもしれない他の良い方法なんて、見つけさせたくない。
あいにく、こちらは本気なのだ。
突き進むと決めている。
「グリモアを床に置いていただけますか」
悪魔がグリモアに触れれば、罰がくだされる。
佐隈に持っていられると、これからするつもりのことの邪魔になる。
だが、佐隈は表情を強張らせて動かないでいる。どうすればいいのかわからない様子だ。
「さくまさん」
ベルゼブブは呼びかけた。
すると。
佐隈はベルゼブブから眼をそらした。
うつむく。肩にかかるぐらいの長さの黒髪が、その顔の横へと落ちた。
無言のまま、膝を折る。
床へと腰を落としていき、けれども、座らない。
グリモアを少し離れた場所にそっと置いた。
それから、立ちあがる。
うつむいていた顔も、あげる。
真っ直ぐにベルゼブブを見る。
堅く、そして、強い眼。
心を決めたらしい。
ベルゼブブの中でゾクッとなにかが震えた。
一気に感情が高まる。
近づきたい。
そう心が望むままに、距離を詰めた。
すぐそばにいる。
その身体に触れたい。
そう心が欲するのに従い、手を伸ばす。
人間のものと似てはいるが、明らかに人間とは違う手だ。
それでも、佐隈はじっとしている。悪魔の手を避けようとはしない。
ベルゼブブは佐隈の顔に触れる。
その頬をなでる。
どうしてなのかは知らない。
なぜ、こんな、特に美しいわけでもない人間の小娘に触れたいと思うのか、知らない。
理由は知らない。だが、心が求めている。
顔を近づける。
佐隈の眼がおびえたように揺れ動いた。
しかし、それにはかまわず、いっそう近づく。
もう距離はない。
佐隈の唇に自分のそれで触れた。
優しく包みこむように、くちづける。
だが、佐隈の身体は力が入っていて堅い。
ひどく緊張しているのが伝わってくる。
ベルゼブブは少し離れた。
近くから佐隈の顔を観察する。
佐隈がぎゅっと閉じていた眼を開けた。
その黒い眼がベルゼブブを見る。
「さくまさん」
ベルゼブブは思ったことをそのまま口にする。
「私はあなたのことが好きです」
その想いはたしかに自分の胸にあって、身体を突き動かす。
佐隈の顔に触れていた手で頬をなで、さらにその手を移動させて、首筋をなでる。
ふと、佐隈の表情がわずかにゆるんだ。
だから、ベルゼブブはふたたび顔を近づける。
佐隈の顎を手で押さえ、唇を重ねた。