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愛されてますよ、さくまさん

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さっきまでいた部屋へ向かう。
佐隈が待っているはずだ。
部屋にもどって、彼女に会って、それからどうするか。
考えながら歩いていると、部屋から佐隈が出てくるのが見えた。
「おや」
ベルゼブブは声をあげた。
「さくまさん、どうしましたか?」
たずねているあいだも歩く足は止めずに、近づいていく。
佐隈は部屋を出たばかりのところで立ち止まって、眼を丸くしている。
「いえ、どうなったのか気になったので」
「私の様子を見に行くつもりだったんですか?」
「はい」
つまり、ベルゼブブを心配してくれていたということだ。
それは嬉しくもあるけれど。
「心配していただく必要はありませんでしたよ。あれぐらい、あっというまに片づけました。実際、すぐにもどってきたでしょう?」
少し気に障った。ベルゼブブは自分の能力の高さに自信がある。
だが、今回のことにこだわるつもりはない。
気分の切り替えた。
ベルゼブブは微笑む。
「どうなったか興味があるようでしたら、彼らは階段にいるので、見てきてください」
「……強制排便を使ったんですよね?」
「はい。そのうえで、我が眷属に襲いかからせました」
「眷属って、もしかしてハエですか?」
「そうです。一匹や二匹ではありません。大群ですよ」
「強制排便させたところに、ハエの大群ですか……」
「なかなかおもしろい光景ですよ。見てきますか?」
「いえ、やめておきます」
佐隈は重い表情で断った。
だが、そのすぐあとに表情が変わる。
「あ」
なにか思いついたような表情だ。
「あのひとたちがいるのは下の階におりる階段ですよね?」
「はい、そうです」
「困ったな。エレベーターは使えないみたいだし……」
ここは廃ビルであるらしいので、エレベーターはあっても動かないようだ。
佐隈は軽く握った右手を口元にあて、どうやって下の階におりるか思案している。
その様子をベルゼブブは眺めていたが、少しして、動くことにする。
「さくまさん」
呼びかけ、佐隈が顔を向けるよりも早く、一気に距離を詰めた。
「さっきから、どうして、私とは一定の距離を置こうとしていたのですか?」
そう問いかけた時点で、すでに佐隈をつかまえていた。
「ベ、ベルゼブブさん……!」
あせる佐隈を腕の中におさめる。
こうでもしないと、また離れていってしまいそうだ。
さっきまで、ベルゼブブがある程度まで近づくと、佐隈はさりげなく後退していたのである。
「たしかに我が一族に伝わる最強の能力を使いましたが、彼らとは少し離れた場所にいましたし、長居はしませんでしたから、においが移ってはいないはずです」
「……それはそうですね」
「じゃあ、別の理由ですね」
見当はついている。
「キスをしたからですか?」
ベルゼブブは聞いた。からかうような口調になった。
直後、腕の中で、佐隈がなにかに弾かれたように身を堅くした。
「あっ、あれは……! あれは、イケニエです!」
「キスはキスでしょう?」
「……」
「いかがでしたか?」
言い返せなくなったらしい佐隈に、ベルゼブブは問いかける。
「気持ち良かったですか?」
佐隈は返事しない。
だから、ベルゼブブはさらに言う。
「良かったようですね」
それに対しても、やはり佐隈は返事をしない。
「沈黙は肯定と見なします」
ベルゼブブは一方的に決め、笑った。