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愛されてますよ、さくまさん

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「……放してください」
佐隈はそう言って、身体に力を入れてベルゼブブから離れようとする。
しかし。
「嫌です」
ベルゼブブは朗らかな声で断った。
佐隈を放すつもりはない。
そしてベルゼブブにその気がなければ、今の佐隈は逃れることはできない。佐隈はグリモアを手に持っていない。おそらく、その肩にかけているショルダーバッグの中にグリモアは入れられているのだろう。
単純な力の勝負なら、ベルゼブブの圧勝だ。
「ベルゼブブさん!」
佐隈は堅い声で抗議するように名を呼ぶ。
もちろん、ベルゼブブは佐隈を放さない。
むしろ抱く力を強めた。
ベルゼブブは佐隈を抱きしめる。
そして。
「あなたを放したくないんですよ、さくまさん」
声音を落とし、ささやいた。
甘く聞こえるように。
すると、佐隈はピタリと抵抗をやめた。身体の力が抜けたらしい。ベルゼブブの胸に身体を預けて動かないでいる。
今の台詞が効いたのだろうか。
ベルゼブブはほくそ笑む。
悪魔をなめてもらっては困る。
本気にさせたのが、悪い。
こんなふうに捕らえられたのが、悪い。
ベルゼブブは佐隈を抱きながら、心地良さを感じる。この時間が長く続けばいいと思う。
だが、残念ながら、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「……さくまさん」
穏やかに話しかける。
「階段もエレベーターも使わずに、ここから外に出る良い方法があります」
「え」
ベルゼブブは詳しい説明はせず、行動に出た。
「えっ、なに……!?」
佐隈は驚き、声をあげる。
その身体を腕に抱く。
いわゆる、姫抱き、という体勢だ。
ベルゼブブは佐隈を軽々と抱きあげ、そのうえで、姿を変える。
人間に見える姿から、魔界にいるときと同じの本来の姿にもどった。
背中には羽根がある。
薄い羽根。
けれども、充分な力のある羽根だ。
その羽根を動かす。
ベルゼブブは、ぼうぜんとしている佐隈を抱いたまま、床の上に浮かんだ。
そして、飛ぶ。