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愛されてますよ、さくまさん

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あっちゃんの悩み(アザさく)



暗雲が垂れこめ、怪鳥の飛び交う空の下、アザゼルは土手にヤンキー座りをして川面を眺めている。
骸骨風の悪魔がその隣まで行き、腰をおろした。
「あっちゃん、なにしてるの?」
「……ああ」
アザゼルは上の空といった様子で、あいまいな返事をした。
川面のほうに向けられている眼はうつろである。
骸骨風の悪魔は心配そうな表情になった。
「あっちゃん……。あのさ、もしなにか悩みがあるんなら、俺で良かったら聞くけど」
「……」
アザゼルは無言でいた。
だが、しばらくして口を開く。
「実は、な」
「うん」
「ありえへんことなんやけど」
「うん」
「……手ェつなぐだけで嬉しいねん」
「……え?」
「やらしいことせんでもええねん。いや、したいけど、せんでも、ええねん。手ェつなぐだけで、充分、嬉しいねん」
「あ、あっちゃん……?」
「おかしいやろ?」
「え、あ、と」
「気ィつこてくれんでもええ。おかしいってハッキリ言うてくれて、ええねん。本人もおかしいって思ってるんやから」
「あっちゃん……」
「ワシの職能は淫奔じゃ。それやのに、やらしいことせんでも、手ェつなぐだけでもええなんて、絶対おかしいやろ」
アザゼルは川のほうを向いたまま深刻な表情で話した。
脳裏には佐隈の姿が浮かんでいる。
人間界ではいつも、芥辺のかけた結界の力によりアザゼルは小さな犬のような姿に変えられている。そのせいだろう、佐隈は子供の手を引くようにアザゼルの手をつかんでくる。
あたりまえのように手をつないで歩くのだ。
佐隈と手をつなぐ。
つないでいるとき、嬉しいと感じる。
「おかしいやろ! どー考えても!!」
思い出して、なんだか無性に恥ずかしくなって、それを打ち消すようにアザゼルはほえた。
「俺はエロの悪魔なんやど!」
「う、うん」
「抱かれたい悪魔ナンバーワンなんやど!」
「それは、あっちゃんの願望だと思うけど」
「願望やない。ワシの淫奔の力つこたら、女はみんな、ワシに抱かれたくなるんや」
「それは不正なんじゃ……」
「どんな手ェつこてもええねん、悪魔なんやからな!」
アザゼルはハッハッハッハッと高笑いする。
なんだか話がそれている。
骸骨風の悪魔は、ようやく自分のほうに向けられたアザゼルの顔をじっと見る。
「なあ、あっちゃん」
「なんや」
「話、もどすけど。あっちゃんが手ェつなぐだけでもいいっていう相手は、ひとりだよね?」
「う」
愉快そうだったアザゼルの顔が引きつる。
「あ、ああ、そうや」
「オレは思うんだけど、あっちゃんはその相手に、こ」
「わーーーーーー!!!!」
アザゼルは大声を出して骸骨風の悪魔の台詞を途切れさせた。
「なにをアホなこと言うつもりやねん!」
「まだ言ってないのにアホなことだって決めつけるのは、言わなくてもわかってるってことだよね」
「わかってへんわ! ワシがさくに、こ、こここ、恋してるなんて、わかるわけがあらへんやろ! ありえへんやろ!」
「ほら、自分で言ってるし」
「ワシはなんもゆーてへん!」
アザゼルは支離滅裂なことを言いつつ立ちあがった。
「あっちゃん」
「知らん知らん知らん、ワシはなんも知らんのじゃー!」
いてもたってもいられない様子でアザゼルは土手を駆けあがり、走り去っていった。

残された骸骨風の悪魔の近くに、悪魔が六人、寄っていく。
「……兄さんの様子が変な理由、わかりましたか?」
耳が長くて少しウサギに似ている悪魔がたずねた。
「うん……」
骸骨風の悪魔はうなずく。
「どうやら、あっちゃん、だれかに恋してるみたい」
「えっ」
「それで悩んでるらしい」
「でも、兄さんの力つこたら、一発で相手を落とせますよね」
「あっちゃんは、それができてもしないって。本気で好きになった相手には、めちゃくちゃ純情だからね、あのひと」
「ああ、そういえば」
カバのような顔のがっしりとした体つきの悪魔が、なにか思い出したような表情になって、言う。
「あっちゃんって、好きになった相手に自分の気持ちを気づかれるのも恥ずかしくて、気づかれないまま、相手の恋愛相談に乗ったりしてたな」
「うん」
骸骨風の悪魔はふたたびうなづいた。
そのあと、七人の悪魔はどんなコメントをすればいいのかわからず黙りこんだ。
彼らの頭上では、あいかわらず怪鳥が甲高い声で啼きながら飛び交っていた。