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愛されてますよ、さくまさん

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堕天使(べーさく)



神の意志に逆らった者は天界を追放される。
追放されたのち、ただの人間としてひっそりと暮らすか、神に仇なす魔となるか、選ぶことになる。
ベルゼブブもそんな堕天使のひとりである。
そして、人間になるのではなく、悪魔になることを選んだのだ。

ベルゼブブが堕天してから長い長い年月が過ぎた。
そして、その子孫であり、その名を引き継いでいるのがベルゼブブ優一である。

ベルゼブブ優一は高いプライドを持っている。
自分は魔界の名門貴族の生まれで、獄立大を卒業したエリートだ。
最強を名乗っていいのはこのベルゼブブのみ。
そう本気で思っている。

だから。
自分を召喚したのが、得体が知れなくて人間とは思えないほど強い芥辺だったとき、納得もした。

だから。
佐隈りん子が契約者になったとき、納得いかないような気もした。

けれども。
「ベルゼブブさん」
佐隈は一定の敬意を払いつつ、友人のように接してきた。

ベルゼブブのためにカレーを作ってくれる。
それは使役するためのイケニエだから、あたりまえと言える。
でも。
彼女の作るカレーは絶品なのだ。

「ビチグソ女がアァァ!」
汚い言葉を投げつけたことが、何度もある。
そんなとき、佐隈はたいてい少し驚いた顔をして、しかし、後々まで汚い言葉を投げつけられたことを引きずることはない。

一緒に買い物に行くこともある。
相手が佐隈であろうが、お供をするのは魔界の紳士としては当然のことである。
それに。
佐隈はベルゼブブの欲しいものを買ってくれる、から。
店を出たあと、買ってもらったホッカホカのカレーマンを食べながら、佐隈と一緒に帰る。
たいしたことではない。
本当に、ささやかなことだ。
ささやかな幸せを感じるのだ。

天使にグリモアを回収されてモロクが死んだとき、ベルゼブブは泣いた。
アザゼルも泣いた。
そして、佐隈はモロクを模した人形を見たときにモロクが生きていたのだと勘違いし、泣きながら、その人形を抱きしめて、よかったと何度もくり返した。

ベルゼブブのグリモアが天使に回収されたと勘違いしたときも。
佐隈はベルゼブブが死んだと思い、号泣したらしい。
人間なのに。
彼女は悪魔のことを思って泣くのだ。
そういうバカな女なのだ。

ベルゼブブは魔界の自宅にいる。
自宅と呼ぶのは似つかわしくないような立派な城である。
城内の一室で、ベルゼブブはソファに腰かけて、くつろいでいた。
まわりにあるのはすべて豪華なものばかりだ。
頭上高くにある天井にはシャンデリアが吊されている。
そんな部屋にいて、ベルゼブブは浮くことなく、むしろ主の風格を漂わせていた。
ふと。
テーブルに置いてある携帯電話が鳴った。
ベルゼブブは携帯電話を手に取り、確認する。
メールが届いたのだ。
佐隈からのメールだった。
五分ぐらい経ったらベルゼブブを召喚するという内容である。
そのメールをベルゼブブはじっと眺める。

そして、思った。

もしも自分の祖先のベルゼブブが天界を追放されたときに、神に仇なす魔となることを選んでいなかったら。
人間になることを選んでいたら。
自分は。
佐隈と同じ人間に。

だが、そうなっていたら、おそらく、自分は佐隈に出会わなかっただろう。
出会っても、通りすぎて終わったかもしれない。

だいたい仮定の話なぞ、してもしかたないのだ。
今の自分は悪魔なのだから。

それでも、思う。

人間である彼女が欲しい、と。

人間に恋をするのは天界を追放されるぐらいの罪である。

しかし、はるか昔に堕天使となった祖先を持つ自分には、人間となる選択肢はないのだ。