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愛されてますよ、さくまさん

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あなたの名を(べーさく)



「さくまさん」
彼女の名を呼ぶ。
ただし、ベルゼブブは今、本来の姿ではない。
芥辺による結界の力のかかった姿だ。
くちばしのあるペンギンに似た姿。背中の羽根はハエらしさを残しているけれども。
ふっくらした身体に燕尾服を着て、頭には小さな王冠をちょこんと乗せている。
佐隈よりも小さな身体。
まるで、ぬいぐるみのような。
だからだろう。
事務所のソファに腰かけている佐隈は、ベルゼブブを膝に乗せている。
「なんですか、ベルゼブブさん」
「私はお腹が空きました」
「ああ」
佐隈はベルゼブブを見て笑う。
「じゃあ、カレーを用意しますね」
そう明るく告げると、ベルゼブブを少し抱きあげてソファの空いている場所へと移動させた。
すべてが優しい動作だった。
佐隈は軽やかな足取りで事務所内の簡易キッチンのほうに去っていく。
ひとり残されたベルゼブブは、しばらく、そのままソファでじっと座っていた。

「はい、どうぞ」
佐隈がベルゼブブのまえにあるテーブルに皿を置いた。
それから、皿の横にスプーンを置き、水の入ったコップも置いた。
事務所の中は小綺麗ではあるが、あくまでも小さな探偵事務所らしいレベルだ。
備品であるテーブルもそれなりで、食器類も高価なものには見えない。実際、高価なものではないのだろう。
魔界にあるベルゼブブが暮らしている城とは違う。城の立派さ豪華さと比べれば、かなり見劣りがする。
けれども。
シンプルな皿に盛られたカレーは温かそうだ。
ベルゼブブは本来の姿とは異なる小さな手でスプーンをつかむ。
そして、そのスプーンで皿のカレーをすくい、口に運んだ。
舌の上にカレーが落ちる。
おいしい。
そう思った。
自然に、頬に笑みが広がった。

これから仕事のために外に出かける。
芥辺は別件で遠出しているので、この件は佐隈にまかされている。
アザゼルもいない。この件については、ベルゼブブの力だけあればいいと判断したらしい。
「じゃあ、ベルゼブブさん」
佐隈は開いたグリモアを片手に緊張した面持ちで立っている。
「結界の力を解きます」
今回の仕事は、ベルゼブブが人間に近い姿で佐隈に付いていったほうがいいのだ。
だから結界の力を解くのだが、佐隈がそれをするのは初めてなのである。
佐隈が呪文をとなえ始める。
失敗はしないだろう。
そう思いつつ、ベルゼブブは佐隈と向かい合って立っていた。
やがて、呪文の詠唱が終わる。
ベルゼブブは魔界にいるときと同じ、本来の姿にもどっていた。

本来の姿にもどったあと、ベルゼブブは人間に見えるように変装した。
人間界で姿をあらわしていても、悪魔がいると騒がれないように。
もっとも、別の意味で騒がれるだろう。
以前にもこの姿で人間界を歩いたことがあるが、王子様のようなベルゼブブの容姿は人目をひくらしい。
ベルゼブブは事務所内を見渡す。
佐隈は事務所を出る準備をしている。
「もうちょっとだけ待ってくださいね、ベルゼブブさん」
視線を感じたらしい佐隈が言った。その眼はすぐに自分の机のほうに向けられた。
ベルゼブブは黙っていた。
そして、足音をたてないようにして歩く。
佐隈のほうに忍び寄る。
すぐそばまで行くと、足を止め、ようやく返事をする。
「はい」
佐隈の顔の近くで、言う。
「りん子さん」
その名を呼んだ。
直後、佐隈は動かなかった。息すらしていないようだった。
しかし、次の瞬間、顔をあげ、ベルゼブブのほうを見た。
それから、ベルゼブブから逃げるように身を退いた。その身体がぶつかって、机がガタッと鳴った。
「ち、近すぎです。それに、なんで、下の名前で呼ぶんですか」
佐隈が慌てた様子で、まくしたてる。
「いつもは苗字のほうで呼ぶのに……!」
その顔は赤い。
ベルゼブブは佐隈の顔をじっと見ながら答える。
「冗談ですよ」
その口元には優雅な笑みが浮かんでいた。

下の名前で呼んだのは。
本当は。
呼びたかったからだ。

あなたが欲しいんです。
りん子さん。