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一片の氷心

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 馬超と星彩の軍が街道筋へと向かうのを見送る。
 その時、馬超が一度だけ姜維の方を振り向いた。
 驚いた姜維だが、慌てて立礼をすると馬超は持っていた愛槍を掲げた。
 再び胸が熱くなる。
「馬将軍は応えてくれる。きっと……いや、必ず」
 涙が零れそうになるのを深呼吸で押さえ、自分の軍に向き直り、馬超と同じように槍を掲げた。
「行くぞ! 我らの手でこの街亭を押さえるのだ!」
 姜維を始めとする三軍は、山の麓で多数の魏軍とぶつかる。
 その間にも山頂の馬謖の様子が、伝令によって伝えられて来た。
「山頂へ向かう橋が落とされました! 恐らく敵の兵が紛れ込んでいたと思われます!」
「やはり、そう来たか。慌てるな! この麓を奪えば形勢は逆転するぞ!」
 動揺する兵士達をできるだけ抑えながら、姜維は槍を振るう。
 状況は刻々と悪化している。
 今は転機を迎えさせる為にも、槍を振るうしかない。
 状況としては圧倒的に劣勢なのだ。
 気概だけでも相手に負けないものを持っていなくてはならない。
 敵の威勢を殺がなければ、勢いを引き込めず瓦解するだけだ。
 手綱をきつく握った姜維は、単騎で敵の中へと進む。
 目指すは麓の部隊を指揮する将。
 ここは城の中ではない。
 分厚い門も城壁もなく、障害物は唯一魏軍の兵士だけだ。
 その分、将に的を狙って戦いやすい。
 姜維は馬を駆け、一気に麓の奥深くに突っ込んだ。
 それに気がついた将が荒々しく叫ぶ。
「一人か! 愚かな!」
 麓を押さえている将は曹真だ。
 姜維はすれ違いざまに槍を突き出し、驚きでバランスを崩した曹真を馬から落とす。
 素早く姜維も馬から下り、槍を構えて曹真から視線を外さず深呼吸を繰り返した。
 その顔を見て、曹真は相手が誰なのか思い出したようだ。
「お前は、我が軍を裏切った姜維だな!」
 曹真が繰り出す槍の一撃を受け止め、愛槍を大きく振って薙ぎ払う。
「裏切り者には死だ!」
 確かに、魏からしてみれば姜維は『裏切り者』である。
 しかし姜維は曹真の言葉に動揺することなく、曹真を真っ直ぐ見据えた。
「私を必要と言って下さる方がいた。私を信頼して下さる方がいる。今、私の全ては蜀にあるのだ!」
 魏自体に未練などない。
 未練は残してきた母と、このまま街亭を奪うことができなかった時に残るだけ。
 今はただ戦うのみ。
 全ては、自分を必要と言ってくれた諸葛亮の為、出来ると送り出してくれた趙雲の為、そして自分の言を信じると言ってくれた馬超の為、何よりこんな自分を受け入れてくれた蜀の為に。
「その蜀を守る!」
 姜維は一歩を力強く踏み出し、曹真との間合いを詰めた。
 槍を自在に操り、曹真を追い込んでいく。
 『馬謖より、お前を信じる』
 今姜維を突き動かすのは、その言葉が全てだった。
 何より嬉しかったのだ。
 そしてこの気持ちは、麓を奪取し、この戦いを勝利へ導くことで返そうと思う。
 姜維が見せる気魄の槍さばきは、曹真を圧倒させた。
「ぐぅぅっ」
 薙ぎ払った切っ先が曹真の身体に傷を負わせた。
「将軍!」
 思わず膝をついた曹真は、親衛隊達に支えられ何とか立ち上がるが、戦うことはもうできない。
「退けっ! 退けぇーっ!」
 曹真軍は途端に総崩れとなり、魏の本陣へと逃げ出した。
「深追いはするな! まず麓を押さえ、軍を整えよ!」
 姜維は素早く追撃しようとする自軍を抑え、一旦麓で軍の収拾に当たった。
 今、馬謖は姜維の作戦上、囮状態にある。
 そうしなければ急場を凌げなかった。
 言い換えれば、自分が馬謖を利用したのだ。
 成功しかけているとはいえ、後味が悪い。
「こんなことをしなければ、できなかったのか……」
 自分に疑問が残る。
 もし、諸葛亮ならば、と考えた。
「丞相ならば、きっと……きっと、どちらも巧く押さえただろう」
 本当に自分は諸葛亮の才を継げるのか。
 それがあまりにも荷が重いことを、姜維はひしひしと感じ取っていた。
 姜維は首を思いっきり横に振った。
 まるで雑念を振り払うように。
「まだ終わった訳ではないのだから、次を……」
 麓にある敵の拠点を押さえた時点で、ひとまず麓での作戦は完了したことになる。
「姜維殿」
 振り向けば、そこには王平が立っていた。
「俺は貴方自身を信じます」
「王平殿」
 もしかして聞いていたのか。
 不安げに見つめる姜維に、王平は笑顔を見せた。
「俺も山頂に布陣するのは危険だと思いました。何せ相手は丞相をもってして初めて対等に戦える司馬懿、ですからね」
 姜維は小さく頷く。
 兵士達の声が風に乗り二人に届いた。
 士気は高い。
 まるで二人を後押しするように。
「幕舎での貴方の言葉と今の貴方の戦いぶりに俺の不安が払拭しました。今から俺は馬謖殿の救援に向かいます」
 姜維は驚き、王平の肩を行かせまいと掴む。
「王平殿、それはあまりにも危険です!」
 それに応えるような形で、自嘲するように王平は笑みを浮かべる。
「元はといえば、馬謖殿の副官たる俺が止めなければならなかった。だから……」
 それを言うならば、自分も出陣する馬謖を止められなかった。
 恐らく大きな影響力を持つ諸葛亮しか、あの馬謖を止められないだろう。
 それほどまで決心は固かったのだ。
 姜維はゆっくりと首を横に振る。
「それは違います、王平殿。貴方に非はありません。非は、魏軍にあります。どうか、命だけは粗末になさらず、必ず帰還して下さい」
 掴んでいた手を肩から外すと、王平は拱手をする。
「ありがとうございます、姜維殿」
「こまめに伝令を放って下さい。何かあったら、必ず行きます」
 王平はしっかりと頷いた。
「では」
 これが最後かもしれない。
 決死の覚悟で王平は一番過酷な場所へと飛び込むのだ。
 いや、悲観してはならない。
 今は仲間を信じること。
 全てはそこから始まるのだ。
 それを教えてくれたのは、馬超だ。
 馬超の存在が、この戦いでのたったあの一言で、姜維の中で大きくなっていた。
 王平が馬に乗ったところで、兵士が駆け込んできた。
 姜維の姿を見つけ、膝をつく。
「報告致します! 馬将軍、曹洪、甄姫の両軍相手に苦戦している模様です!」
「! ……わかった。ご苦労様でした」
 兵は一礼すると、再び街道へと向かった。
「姜維殿。馬将軍の援軍に向かわれるがよろしいかと」
「ええ。そうします」
 王平は顔を笑みで崩す。
「姜維殿、この戦いが終わったら一献付き合って下され」
 それに笑みで姜維も返す。
「はい! それを楽しみにしています」
 馬謖の救援へと向かう王平の軍を見送ると、姜維は軍をまとめていた魏延に声をかけた。
「魏延殿。麓をこのまま確保し続けて下さい。恐らく麓の奪還を目指して更なる将兵が来るはずですから」
「ワカッタ。我、全テ、殺ス」
「お願いします。何かあったら必ず伝令を」
 姜維は馬に乗り、自軍に向かい声を張り上げた。
「今から私は街道の援軍に向かう! 第一軍団以外全員このまま待機。私が戻るまで軍をまとめ麓の確保に努めよ」
 気持ちを新たにした姜維は、百名からなる騎馬の一団だけを率い、馬超達がいる街道へと向かう。
作品名:一片の氷心 作家名:川原悠貴