一片の氷心
「助かった」
この一言に、姜維は緩く首を振った。
「しかし、お前が来たということは、麓はどうなっている?」
その時に姜維の表情が明るく変わった。
言葉にしなくても、その表情だけで分かる。
戦場で見せた姿とは全く違うことに、馬超は咄嗟に笑いを堪えた。
「はい! 無事に制圧を完了しています」
「そうか。……このままの勢いならば、完全にこの街道を制圧できそうだ」
姜維一団の参戦は、馬超達を勢いづかせた。
起爆剤が欲しかっただけに、姜維の参戦はまさにその起爆剤となったのだ。
馬超の言葉に姜維は微笑む。
「そうですか。ありがとうございます」
「お前が来たということは、誰が麓を押さえているんだ?」
「魏延殿です」
魏延ならまず間違いはないだろう。
そう思った馬超が頷くのを見て、姜維も安心した。
が、ただ一つの気がかりを口にする。
「それで、王平殿が馬謖殿の救援に向かっています」
姜維の報告に、馬超の眉が寄った。
「そうか」
苛烈な戦いが繰り広げられていることは容易に想像がつく。
だからこそ、姜維は一刻も早く戻り自分の軍を進めたかった。
「馬将軍、星彩殿。お二方はこのまま街道を北上して敵本陣を目指して下さい」
流石の馬超もこれには驚いた。
その表情に姜維は少しだけ笑った。
「恐らく魏延殿は勢いに乗り、このまま敵本陣を目指すと思います。南からも攻められたら、敵本陣も混乱するでしょう。今の流れに乗り押していけば、上手くいくかと」
見せた姜維の笑みは、自信の表れだった。
「お前は、どうするんだ?」
「王平殿の援護に」
馬超の目に、白くなるほど槍を握っている姜維の手が映る。
笑顔の裏側に隠れた決死の覚悟だ。
既に状況はこちらの流れになっているというのに、この青年は真っ先に危険なところへ飛び込んでいく。
馬超は硬く握られた手を上から重ねるようにして握った。
「生きて帰って来い、姜維! ……お前にはたくさん話したいことが、ある」
今はこの青年と話したくて仕方ない。
ゆっくりと酒を交わしながら、姜維の話をいろいろと聞きたかった。
これほどまでに強い印象を持たせた人間は、馬超にとってとても珍しいことだった。
姜維は馬超の力強い手の感触に笑みを見せて、大きく頷いた。
「はい。その時を楽しみにしています」
ゆっくりと手を離しそのまま馬に乗り、姜維は手綱を持って二人を見つめる。
「お二方もどうかお気をつけて。ご武運を」
星彩が前に出る。
「姜維殿も気をつけて」
「では!」
二人に馬上から一礼をして、「はっ」と短い掛け声の元、再び麓へと戻って行った。