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一片の氷心

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 その声に振り向くと、そこには一人の将が大斧を持ち、威風堂々と立っていた。
 一方の姜維は、もう既に満身創痍だ。
 曹真と戦い、五大将軍の一人張コウとも戦った。
 姜維はそれでも槍を構え、徐晃の前に立つ。
 魏の五大将軍の一人である徐晃。
 五大将軍の筆頭、張遼と対をなす存在だ。
 それほどの実力者相手では、満身創痍の姜維に分はない。
 しかし、姜維は決意を新たにする。
「ここで貴方を倒す」
 徐晃軍が撤退をすれば戦いは終わる。
 恐らく撤退の銅鑼が鳴るだろう。
 既に魏の壊走は始まっているのだ。
 自分なら完全に潰れる前に撤退の合図を出す。
 これ以上の被害を出さない為にも、兵力を温存するだろう。
 耐えればいい。
 撤退の銅鑼が鳴るまで。
 姜維軍が小さくできた穴を大きく広げている。
 先頭を走ってきた親衛隊達は主に何とか追いつき、姜維に襲いかかる兵士達を倒していく。
 場はできた。
 二人はそう感じると、一気に間合いを詰めた。
 金属同士のぶつかる音が響く。
「っ!」
 姜維は受け止めた力にきつく眉を寄せた。
 それは重く、そして強い。
 一瞬でも気を抜けば、行きつく先は『死』。
 身体に冷や汗が流れていくのを感じるが、そこで負けていては全てに負けることになると、姜維は自分自身を奮い立たせる。
 だが現実は、姜維は徐晃からの攻撃を流すだけで精一杯だった。
 二人の距離が狭まり、得物同士がぶつかる。
「ぐっ!」
 限界だった。
 腕が痺れ、その隙に徐晃の斧によって槍が手から離れ、姜維の後ろへ転がった。
 その衝撃で思わず姜維は膝をつき、もう立ち上がることもできない。
 徐晃が斧を振り上げる。
「覚悟!」
「姜維様ぁっ!」
 親衛隊達が駆け寄りながら叫ぶ。
(丞相、申し訳ございません……)
 姜維が覚悟を決め、目を閉じた。
 しかし、鋭い馬の嘶きに咄嗟に目を開いた。
 目の前には、見覚えのある槍が地面に突き刺さっていた。
 一瞬何が起きたのか分からなかった。
「貴様の相手は、この馬孟起だ!」
 声を聞き、今自分の目の前にいるのは『五虎大将』の一人、馬超孟起だと知る。
 それは、堂々たる輝かしい姿だった。
 夜の闇の中、光がないのに輝いている。
 光が身の内からあふれ出ているかのように姜維には見えた。
『錦馬超』。
 それは出で立ちもさることながら、馬超の存在そのものを表しているのだと、姜維は感じた。
 馬から素早く下りた馬超は槍を掴んで、呆然とする姜維の前に立ち、切っ先を徐晃に向ける。
「相手に不足はござらん!」
 二人は一気に間合いを詰め、得物同士が激しくぶつかり合う。
 姜維はただ馬超の動きを追っていた。
 馬超が見せる槍さばきは、同じ槍の使い手である自分や趙雲とは違う。
 稲妻のように鋭く、そして激しい。
 しかし、動きの形が全て整っていることが、より一層鋭さを際立たせている。
 姜維は残り少ない力を振り絞り、槍を振るった。
 それを助けようと姜維の周りを姜維と馬超の親衛隊達が必死になって防衛線を引く。
 徐晃軍の兵達も必死なのだ。
 その中で姜維は意識を保ち、ただ戦う本能だけで槍を振るっている感じだった。
 とにかく今、この場で倒れる訳にはいかなかった。
 姜維は薄れようとする意識を必死になって手繰り寄せ、敵を倒しつつ目の前で繰り広げられる激闘を見据えていた。
 何十合と打ち合い、二人の息が上がり始めた頃だった。
 魏軍の陣の方向から何度も何度も大きな音が夜の空に鳴り響く。
 撤退の銅鑼である。
 馬超と睨み合っていた徐晃は馬に乗り、馬超を見下ろす。
「何れまたお相手頂こう! さらばだ!」
 徐晃が去っていくのを見ていた馬超も追いかけることはせず、槍を下ろした。
 姜維もそれを見つめていたが、敵の気配がなくなると、膝ががくりと力を失った。
 慌てて槍で支えようとするが、手にも力が入らず槍と共に地面へと倒れようとしていた。
 その時、力強い腕が姜維の身体を支えた。
「大丈夫か、姜維っ?」
 姜維は傷つけられた箇所からの失血が多く、既に意識が朦朧とし始めていた。
 しかし、ここで気を失ってはいけないということが、姜維の意識をかろうじて繋ぎ止めさせている。
 部隊の収拾、兵士達の再編成、じきに到着するだろう諸葛亮への報告など、事務的なことが山積している。
 諸葛亮が来る前に、何としてでも始めの失態について処理しなければならない。
 馬謖が山頂を陣取ったことが最早『失策』であることは、誰もが知っていることだ。
 今、諸葛亮のいない間にできるだけ『失策』のことを小さなこととして処理したかった。
 何故自分がここまで必死になるのか。
 それは、馬謖の為ではない。
 今後の士気に大きく影響するからだ。
 姜維は脚を動かし、立ち上がろうとする。
 後ろから抱き込むようにして馬超が支えていると知りながら、それでも自分の脚で立とうと何度も動かすが、馬超から見ればそれはただ地面を弱々しく蹴っているようにしか見えない。
「もういい! お前は頑張ったから! 何もしなくていいんだっ!」
 しかし、まるで耳に入らないかのように、ひたすら足を動かす。
 馬超は必死で立とうとする姜維を止める為、後ろからきつく抱きしめた。
 その時、一人の兵士が馬超の前で膝を折り、二人に報告した。
「諸葛丞相の軍が本陣に到着しました!」
 その伝令の言葉に、周りにいた兵士達が手を上げて喜んだ。
 喊声を上げる兵士達の声を遠くに聞きながら、姜維は張っていた糸が切れたのか、言葉なく意識を失ったのだった。
 途端に馬超の腕に重みがかかる。
「姜維っ? 姜維っ!」
 馬超のただならぬ声に、兵士達の喊声が止まった。
 青白い顔をした姜維が目を閉じ、馬超の腕の中にいる。
 姜維の親衛隊長が傍らで膝を折る。
「馬将軍っ……」
「大丈夫だ! 姜維を死なせはしない!」
 死なせてたまるものか!
 馬超は急いで愛馬に乗り、親衛隊の者達が姜維の身体を抱え上げたのを受け取る。
 片腕でしっかり固定し、本陣へと向かった。
 姜維の身体は細い。
 見た目にも細いと感じたが、これほどまでとは少し驚いた。
 それでいて槍を自在に操れる力を持ち、細い身体に無駄な筋肉はない。
 今はその身体が、馬超の心を締め付ける。
 こんな細い身体で、どれほどのことを成し遂げたか。
 武で曹真、張コウを追い詰め、徐晃と交え、策で劣勢を逆転させ司馬懿の裏を掻き見事魏軍を撤退させた。
 馬超は姜維の身体を抱く腕に力を込める。
 助けてやる。
 絶対に助けてやる、と。
 荒々しく蜀の本陣にやって来た馬超の腕に抱えられ意識を失っている傷ついた姜維を見て、兵士達は慌てて駆け寄る。
 その兵士達の手を借りて姜維を下ろし、自らも愛馬から下りた。
 再び姜維を抱き上げ、目指す幕舎へと急いだ。
 その幕舎は怪我をした兵士達も向かっている。
 到着した諸葛亮を受け入れた本陣は、戦後の慌しい様子を見せていた。
 その中を早足で抜け、軍医のいる幕舎に入り姜維を預けた。
 軍医は慌てて姜維を診察する。
作品名:一片の氷心 作家名:川原悠貴