一片の氷心
そして馬超に簡単な症状だけを告げると、馬超は詰めていた息を吐き出し「宜しく頼む」と告げて幕舎を後にした。
新たに設けられた諸葛亮の天幕の前で深呼吸を一つだけして、声をかける。
「諸葛丞相、よろしいか」
「……どうぞ」
少し硬い声が返ってきたのを確認して、馬超は天幕を払う。
諸葛亮は羽扇を動かしながら馬超を見つめていた。
「将軍、姜維は?」
どうやら戦況報告として、姜維が傷を負ったことは聞いたらしい。
少しだけ青褪めて見えるのは、気のせいではないだろう。
「……意識を失った。見た目の傷よりも少し失血が多い、らしい。今、軍医の幕舎に連れて行った」
言葉数が少ないことが、余計に事の深刻さを表していた。
「諸葛丞相、馬謖は?」
「……幕舎にて謹慎を申し付けてあります」
諸葛亮は戦況報告を受けた直後、本陣に戻っていた馬謖に謹慎を命じたのだ。
重々しい空気が二人を包む。
「しばらくしたら軍議を開きます」
「わかった」
馬超は軽く一礼をして幕舎を後にした。
再び軍医のいる幕舎に戻ると、姜維の姿はなかった。
聞けば、馬超が出てからすぐに意識が戻り、自分の幕舎に向かったと言う。
馬超は嫌な予感を胸に抱きながら、姜維の幕舎を覗いた。
「姜維?」
しかし、整えられた榻牀に姜維の姿はない。
「っ、あのバカっ!」
嫌な予感が的中した。
行く先は一つだ。
馬超はとある幕舎に向かって走り出した。