大好きなあなたと
「……ヤシロは、ヤシロだけが蘇芳様の居場所を作ってあげたかったのに、旦那様にその役目を最初に奪われてしまった気がしました」
「ヤシロさん」
「お二人の親愛は素敵なものだと、思います。それでも、どうしても、悔しかったんです」
もう一度ごめんなさい、と謝罪を口にしたヤシロさんの唇に蓋をするように、一度だけ唇を触れ合わせる。
ぱちりと瞬く彼が、愛しい。
今度は自分から額同士で触れて、すり、と鼻先を擦り合わせた。
「俺、放浪生活が長かったでしょう」
「……蘇芳様?」
「そのこともあって私物なんてずっと持ち運べる分しかなかったし、持ち運びもできない高価な物を買うなんてこと、絶対ありませんでした」
いつも朗らかな笑顔を浮かべたり、困ったような顔をしたりと表現に富んだ顔が、今はただ真摯に自分だけを見ているのを強く感じる。
ぎゅ、と背を抱く力を強めると、それに応えるように彼の拘束も少し強まるのが嬉しかった。
「だから今回尊也さんに言われて、困ったんです。欲しい物もなくて、……じゃあどうしようかって考えたら、ヤシロさんとの思い出の物がいいなぁって思ったんです」
「ヤシロとの、ですか?」
「はい。ヤシロさんと俺でああでもないこうでもないって一緒に悩んで選んで、思い出の品ってものを勝手に作っちゃおうかなー、とか、それなら欲しいなーとか、思って」
本当はヤシロさんに一緒に選んでもらうだけで、自分のこんな恥ずかしい考えは口にしないつもりだった。
じわじわと再び顔が赤らんでいくのを悟りながらも、真っ直ぐに目の前の愛しい人を、視界に映す。
「それはもしあなたがどこかに行くと言うなら、きっとついて行く為に捨ててしまえる物です。でもここにいる間は、尊也さんとヤシロさんと俺とで、その思い出を傍に置いて暮らしたいと思ったんです」
言ってしまった。
吐き出した後は取り戻すことのできない言葉という厄介さに内心でのたうち回りながら、けれど言ってよかったのだとも思う。
独り善がりに思い出を作るよりも、ヤシロさんにわかってもらった上で、一緒に、大切に作った方がきっといい。
「――蘇芳様」
「や、その、勝手にすみませんでした……」
「本当に蘇芳様ってばかわいいんですからっ!」
「ふがっ!?」
しおしおと項垂れかけた俺の身体が、ばぎゃっと軽快かつ悲惨な音を奏でた。
奏者かつ犯人は紛れもなく先程まで沈痛な面持ちだった俺の恋人で、って痛ぇ!!
「死ぬ、死にますヤシロさん今度こそ死ぬ!! つかこの力どっから出てんですか!!」
「蘇芳様を想う愛ゆえに、ヤシロのあれやこれや息子から遺憾なく発揮されております」
「ムスコまで!?」
ぎゃあぎゃあと言葉と接触で戯れていると、不意ににゅふふ、と彼特有の笑い声が耳朶を打つ。
いつの間にか抱きかかえるようにして彼の腕に囚われている状況に目を白黒させながらも、その明るい声と表情に身体の力が抜けた。
「ありがとうございます、蘇芳様。……ヤシロも、蘇芳様との思い出作りをしたいです」
「じゃあ」
「はい、もちろんお供させていただきます。でもやっぱりそのままですと、ヤシロも悔しい思いは捨て切れませんので」
「え」
ヤシロさんとお買い物だぜひゃっふい、と挙げかけた諸手がぴしりと止まる。
そんな俺に、にんまりと猫のような笑みを浮かべてヤシロさんはちゅ、と音を立ててキスをした。
「にゅふふ、いいこと思いつきましたから、大丈夫です」