こらぼでほすと 闖入1
「そりゃ楽しいですよ。あなただって、内心、楽しみにしてるでしょ? 久しぶりに、悟空とゆっくりできるんですからね。」
本山へは一年に二週間しか戻らない。呼び戻せば、もう少し戻ってくれるが、それでも、ずっと相手をしてくれるわけではない。なんせ、現在の保護者は三蔵だ。あちらのほうにくっついているほうが多い。
「ちゃんとした宿泊所を用意しろ。」
「それは問題ない。あっちに行ってから、しばらくは、寺に滞在して、その間に、あっちで手配してもらうさ。」
「寺? ホテルじゃねぇーのか? 」
「せっかく、三蔵の嫁がいるんだから、寺で滞在しようぜ。お手並み拝見だろ? 」
「捲廉、三蔵の嫁は弱ってるんじゃなかったか? 」
この間、持たせた薬で多少は回復しているだろうが、それにしたって、この人数を接待するのは大変なんじゃないのか? と、良識派の童子様は気にしているが、護衛役の元帥様と大将様は、そんなことはスルーらしい。
「あれ飲んで、まだ寝込んでるっていうなら、遠慮するが、それはないぞ。」
強力な薬を渡してあるのだから、回復はしているはずだ。それに、ホテルなんぞに泊まったら、三蔵の日常観察ができないではないか、と、大将様はおっしゃる。童子様も、その三蔵の嫁については、興味があるから、渋々折れたという体で、休暇届を書き上げた。
一ヶ月の特区への滞在。
目的は、特区の人外への表敬訪問。
護衛は二名。
菩薩様は、それを見て、まあよかろうと許可をくれた。
「ただし、土産は忘れんじゃないぞ? 特区のいい酒と肴。あと、三蔵の嫁の顔写真を所望する。」
おまえもか、と、童子様は呆れたが、まあ、そりゃそうなるだろう。だって、あの三蔵なのだ。あの三蔵が、男の女房を貰ったというのだから、関係者は興味深々だ。どこでどう間違って、そういうことになっているのか、誰だって知りたくなる。
許可が降りたら、すぐさま、どっかの元帥様は、可愛いおサルさんと、知り合いのイノブタさんにメールを送った。そっちに行くから、遊ぼうなんていう気楽なメールだったが、特区のほうでは大騒ぎになったのは言うまでもない。
「とうとう、来訪されますよ? 悟浄。」
そのメールを確認して、八戒は、ソファで雑誌をだらしなく読んでいた亭主に声をかけた。同じものが、おサルさんの携帯端末にも着信していることだろう。
「えらくゆっくりだったな。」
「ニールの治療のことを考えて、時間は措いてくれたんだと思いますが・・・とりあえず、寺へ顔を出しましょうか? 」
「そうだな。確実に、ママニャンはパニくってるだろうからな。」
寺の坊主は、来訪についてはスルーだろう。何をしようとも来ると言えば、来るのだから急きも慌てもしない。なるようになるぐらいの感覚だろう。サルのほうは、大喜びのはずだ。そして、寺の女房だけが慌てふためいているのは想定内だ。
もちろん、寺の女房は、悟空の言葉に顔色を変えた。本山の亭主の上司様たちが来訪する、と、言われたら、慌てふためくほかない。仏教関連の行事も慣習も礼儀も知らないのだ。どういう接待をするべきなのかもわからない。
「あーそういう堅苦しいのは関係ないよ、ママ。あいつらは、適当に酒を用意しとけばいいだけだ。」
「けど、悟空。三蔵さんの上司なんだろ? やっぱり、いろいろと準備とかしないとさ。俺、おまえらのほうの正式な作法とか知らないし。」
「俺も知らないぜ。三蔵だって、向うに行っても、いつも通りにしかしてないし大丈夫だって。だいたい、上司ったって、俺も三蔵もタメ口きいてるのに、ママだけ丁寧にしててもおかしいだろ?」
「弄られるだけだ。噛まれても毒はねぇ。」
で、亭主の坊主も言うに事欠いて、この言葉だ。益々、女房のほうは心配になる。里の父親なら、多少は知っているのかもしれない、と、思い立って、店へ手伝いに行こうと用意していたら、沙・猪家夫夫が顔を出した。
「あ、そうだっっ、八戒さんが居たっっ。」
その顔を見て、ほっと寺の女房は肩を落とす。亭主と長い付き合いのある沙・猪家夫夫なら、上司様のことも、礼儀やお迎えの仕方も知っているはずだ。
「やっぱ、パニくってたか? ママニャン。あいつら、来るんだってな? 」
「落ち着いてください、ニール。まだ、敵は三日ばかり先です。」
「敵? 八戒さん、敵って・・・」
「敵は不適切でしたか? じゃあ、闖入者ってことで。とりあえず、落ち着いてください。」
バタバタしている寺の女房を卓袱台の前に座らせて、まずは、上司様について説明することにした。以前も、ちょろっと説明はしているが、それも記憶から吹き飛んでいるらしい。
「三蔵の上司様は、僕らとも懇意にしている方たちで、そんな大層なことはしなくてもいいんです。適当に、ここいらに転がっているだけですから、三蔵と同じように世話してやってくれれば満足します。」
「あのな、ママニャン。上司っつっても、別に、三蔵の態度が悪いからってクビにするようなことはしないぜ? あいつらは、三蔵をからかって遊びたいってだけだ。まあ、多少、ママニャンもからかわれるだろうという予想はしてるけどさ。」
概ね目的は、三蔵のところに嫁いだニールのことを見たいというものだ。普段通りにしていれば、別に何も起こることはない。
「普段通りって、でも、料理とか・・・」
「それも、いつも通り、三蔵と悟空の好物でいいですよ。たぶん、店のほうにも行きたがるだろうし、観光もするだろうから、ずっと寺に居座るということもないはずですし、僕らも相手をしますから。」
せっかくだから、特区も観光がてらに移動するだろう。それに、特区の西にある古い人外のいる地域への訪問も予定にある。せいぜい、一週間もすれば、そちらに移動するはずだ。
「だから、いつも通りでいい、と、言ってるじゃねぇーかっっ。耳が腐ったか?」
悟浄と八戒の説明に納得していないような顔をしている女房に亭主が怒鳴る。そんなに気に病む必要はない。むしろ、いつも通りにしていれば、それでいいのだ。それを観察したくて来るのだから。
「俺・・・お経のひとつも読めないし・・・挨拶は、両手合わせるんでしたよね? 」
「それは、もっと東南の作法だ。・・・おまえ、俺に最初から挨拶なんかしなかったじゃねぇーか。普通に、握手してなかったか? 」
「・・・・してましたね。」
「世界共通の挨拶でいい。いちいち、うちの流儀なんざ、気にかけるな。」
「でも、俺、あんたの女房なんでしょ? 亭主の流儀は習うべきなんじゃないですか? 」
「いらねぇーよ。それより、舅に、いい酒を調達してもらえ。そっちのほうが重要だ。」
飲兵衛というわけではないが、おもてなしということなら、そういうものの準備のほうが重要だ。特区のいい酒というのは、種類も豊富で、いつも三蔵が持参している焼酎も、上司様方には人気のものだ。
「三蔵、たぶん、金蝉は、キラに逢いたがると思うから、来てくれるように言っておくぞ。」
作品名:こらぼでほすと 闖入1 作家名:篠義