こらぼでほすと 闖入1
「まあ、そうなんだろうけど。・・・そういうのは慣れもあるから。」
「まあなあ、それはわかるが。心配しなくても、あいつらも、俺らと同じだ。そういうとこは引け目は感じなくていい。金蝉だけは、あんま殺してないはずだが、それに加担してたから同罪だ。」
ある意味、三蔵やニールより罪深いかもしれない。ふたりは、敵を葬ったという感覚だが、あちらは昨日まで味方だった相手に葬られそうになった。それらを殺したのだから、内乱というものに近いからだ。
「・・・あんたの上司様だから、そういうこともやってるんですね。くくくく・・・そう言われると、ちょっと楽だ。」
「やってなけりゃ、俺の上司なんぞ拝命してねぇーだろうぜ。そういう奴らだから、おまえは、いつも通りでいいんだ。」
「はいはい、やっぱ、あんた、優しい亭主だ。」
「けっっ、おまえが、あんまりパニクってるから同情してんだよ。」
漢方薬治療前は、薄い焼酎のお湯割り一杯でダウンしていたが、体調が整ったせいか、二杯ぐらいは飲めるようになった。それを、ちびちびと舐めるようにしているので、がばがばと飲んでいる三蔵の相手もできている。
「悟空が、もっと小さかった頃は、あいつらが面倒みてたんだ。だから、悟空が可愛くて仕方ねぇーんだよ。なんだかんだ言ってるが、あいつらの目的は、悟空と過ごすことだ。おまえのことなんて眼中にはねぇーから安心しろ。」
そのために内乱と呼ばれる騒動を引き起こした。悟空を逃すために、全部を犠牲にしたほど、金蝉たちは大切にしていたのだ。たまたま、三蔵が引き取ることになったが、それだって、三蔵にしてみれば借りているという感覚だ。いつか、また返すつもりだが、時間が許す限りは、悟空に付き合いたいと思っている。神仙界でも、並ぶものがない唯一のものだが、今の悟空は、人間の暮らしを楽しんでいる。友達もできたし、学校で知識も手にした。そうやって、いろんなことを学んで、あちらに帰ればいい、と、思っている。
「それってことは、そのうち、悟空も本山のほうへ行くってことですか? 」
「俺が生きてる限りは借りとく約束だから、おまえの前から旅立つってことにはならねぇーだろう。俺より、おまえのほうが早く死にそうだからな。」
「あははは・・・そのほうがいいなあ。俺は残るのはイヤだ。」
「おまえも薄情だな? 黒ちびを残して逃げた前科があるくせに、それでも残りたくないのか。」
先に居なくなった。それで、黒子猫が、どれほど精神的に痛めつけられたか、ニールだって判っている。生きていると判明して、再会してから、黒子猫は、ずっと親猫の傍から不安で離れられなくなったほどだったからだ。ごくりと温い酒を呑んで、女房は微笑む。
「・・・・今度は、確実に解るように死にますよ。それなら、刹那も後追いする必要はないし、あの頃より、あいつは強くなってるから、大丈夫だと思います。それに、刹那が先に居なくなったら、俺は、たぶん保ちませんし、マイスターとしての義務で刹那が死ぬなら、一緒に逝きます。そういう約束をしているので。・・・あんたには申し訳ないですが、あんたは捨てていきますよ。」
そう言われて、亭主のほうも微笑んで、酒を煽る。どちらにも約束があるから、それは優先される。どちらも抱えている大切なものがあって、それは、この夫夫な関係より大切だからだ。居心地のいい関係だが、これを護るつもりはない。
「薄情な女房だ。」
「その時には三行半でも書いてください。女房は返上します。」
「ふんっっ、経文ぐらいあげてやるさ。女房と連れ子のな。」
「俺、一応、クリスチャンなんですけどね? 三蔵さん。」
「別に、かまわねぇーだろ。てめぇーの女房を見送るのに俺が知ってる送り方で送るだけだ。」
「まあ、あんたぐらいでしょうからねー。頼みます。」
新しいお湯割りを作ると、女房が卓袱台に置く。それを手にして、亭主も、「おう。頼まれてやる。」 と、頷く。そのうち、下手をすると、とんでもない寿命を勝手に授けられてしまうかもしれないのだが、そのことは、今のところスルーの方向だ。黒子猫が、無事に戻って来たら、それから考えればいい。それまでは、生きている必要があるから、その辺りのフォローはしてやるつもりだ。
「しばらくは、お互い、死ねねぇーな。」
「あははは・・そうですね。」
「どうせ、あいつらがバラすだろうから、先に言っておく。俺は、間引きで川に流された子供だ。だから、親の顔は知らねぇーし、どこの生まれかもわからねぇ。気がついたら、俺の師匠が俺を育ててたんだ。徒名は、『川流れの江流』。名前は、それだが、俺は名乗る時は、『三蔵』と名乗ってる。『三蔵』っていうのは、本来は位のことだ。俺が師匠から継いだのは、『玄奘三蔵』という位で、他にも『三蔵』と呼ばれるのは何人か居る。『玄奘』の他にも、『三蔵』の頭に着くのがあるからだ。『玄奘三蔵』は、一人だが、名前まで、そのまま名乗ってるヤツは俺ぐらいだろう。」
どうせ、おもしろがって、どこぞの元帥様あたりが過去のこともバラすだろう。それなら、先に告げておくほうがいいだろうと、坊主は、己の過去というものを口にする。元々、女房のプロフィールは知っていた。『吉祥富貴』のメインスタッフには、そういう情報も知らされたからだ。だから、フェアじゃねぇーな、と、常々考えてもいた。だからこその暴露だ。
「偉いんですか? 」
「さあなあ。俺の場合は、師匠が弟子を俺しかとってなかったからな。他は、継承者を選ぶのに、何人も弟子をとって修行させている。その中で、力のあるのが継ぐんだが・・・『三蔵』の位って少ないから偉いかもしれん。」
そんなことに興味がない三蔵にしてみれば、師匠が咄嗟に譲ったものという感覚だ。一応、本山では最高位のはずだが、当人には、そんなもの無用だったりする。
「あんたも一人なんですね。」
「おまえみたいに無理矢理引き剥がされてないがな。それに、おまえには弟があるだろ。」
「うちは・・・もう、弟のことは、ないものと思ってるから。今更、逢えやしないでしょ? テロリストの前はスナイパーな兄なんて・・・」
「おまえの弟だって、今はテロリストのエージェントじゃねぇーか。」
ちゃんとした一流大学を出て、一流商社に就職していたはずの実弟は、どこでどう間違ったのか、ヤクザな兄と似たような場所に居た。
「でもね、三蔵さん。俺、ものすごく不義理な兄だったから、弟は、俺のことなんてなかったもんになってるはずだ。だから、それでいいと思ってますよ。生きててくれればいい。それだけは願いたい。」
作品名:こらぼでほすと 闖入1 作家名:篠義