こらぼでほすと 闖入1
今更、逢いたいと言っても逢えない。アングラ生活に入る時に、全部切り捨てた。弟だけは、陽の当たる場所で生きて欲しいと、裏の稼業で稼いだもので、こっそり仕送りはしていたが、居場所も生きているのかも知らせたことはない。もし、関係がバレたら、実弟にも迷惑がかかるから、何もかも切り捨てたのだ。だから、死んだものと思ってくれればいい、と、ニールは思っている。刹那が組織に引きずり込んだとしても、そのことは伝えないように頼むつもりだし、実際にも、刹那に、そう言ってある。ニール・ディランディーは組織のロックオン・ストラトスとして私闘の果てに愚かに死んだ、と。
「難儀な性格だな? 」
「そうですか? そういうもんでしょ? 」
「俺には血の繋がったのはいないから、よくわからんが、肉親の縁なんてもんは切っても切れるもんとは思えないぞ。」
「血が繋がってるからこそ、切らないといけない縁もあるんじゃないですかね。」
「黒ちびとは切らないくせに。」
「あんただって、悟空との縁は切らないでしょうが。」
「切れるほど単純じゃねぇーだけだ。」
「俺だって、刹那とは、そうです。」
「これ、聞いたら、おまえの弟は泣くんじゃねぇーか。」
「いや、せいせいしたって言われます。」
「おまえ、本当にバカだな? 」
「はいはい、俺はバカですよ。・・・そのお陰で、あんたの女房をやってるぐらいに。」
くふふふ・・と、女房が肩を震わせる。少し酔っているようで、ほんのりと目尻辺りが紅くなっている。
「今、何気に俺に酷いこと言ったぞ。」
「だって、死んだと思ってたら生きてて、あんたが貰ってくれて、こんなとこで、のほほんと女房やってるんだから。普通、おかしいと思うんですがね? 三蔵さん。よく、俺なんかを女房にする気になりましたよね? 」
「性別以外は文句はないから、女房にしたんだ。死ぬほどのバカとは思ってねぇーが、ろくでなしのバカだとは思ってるぞ。」
「・・・・ろくでなしか。確かに、そりゃそうだ。」
あははは・・と、女房は大笑いする。『吉祥富貴』にまともな生き物はいない。ろくでなしぐらいじゃないと、所属する資格がないのも事実だ。とろりと女房の目が溶けてきた。酔いが廻ってきた合図だ。
「そろそろ、寝られそうか? 」
「ああ、いい感じです。」
「なら、てめぇーで移動しろ。」
「はいはい、おやすみなさい。なんなら、夜のお勤めでもしましょうか?」
立ち上がって、障子に手をかけて、女房は口元を歪める。これが鷹あたりだと、「据え膳はいただくよ。」 と、誘いを受けるところだが、生憎と、相手が相手だ。ちっっと舌打ちして、紫紺の瞳で睨みつけてくる。
「気色の悪いことを言うな。俺は、おまえじゃ欲情しねぇー。」
「あははは・・・残念ながら、俺もなんですよー。ほんと、あんたは、いい亭主なんですけどねー。そこだけはなあ。あはははは。」
「この酔っ払いっっ。さっさと寝ろ。」
どっちも、ノンケなので酒の勢いを借りても、これだけは無理そうだ。本当に、お互いにいい相手なのだ。だが、性別の不一致だけは、如何ともしがたいものがある。
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翌日、三蔵の上司ご一行様は、特区の空港に降り立った。さすがに、いつもの衣装ではまずいので、一般的な服装に身を包んでいる。包んでいるのだが、独特のオーラと、容姿は、どうしょうもなく、限りなく目立っていた。お陰で、悟空は、到着ロビーで、すぐに発見できた。
「みんな、いらっしゃーいっっ。」
金蝉の腕を掴んで、悟空が挨拶すると、三人は、ふわりと微笑む。美形の目立つ三人の柔らかい微笑なんてものは、周囲の見知らぬ女性陣も悲鳴をあげそうな優雅なものだ。
「あれ? おまえだけか? 悟空。三蔵は? 」
「親父は、寺に居る。アッシーは連れて来たから大丈夫。」
もちろん、アッシーは悟浄だ。ここで、いろいろと注意事項なんてものを説明しとく必要があるから、出張ってきた。
「出迎えぐらいしろって言うんですよ。八戒は? 」
「そっちも寺。みんなの歓迎の料理の準備してるからさ。いいじゃん、すぐに逢えるって。」
「てか、おまえら荷物は? 」
悟浄は、何も手にしていない三人に呆れる。一ヶ月も特区に滞在するなら、最低限の荷物ぐらいは持ってくるだろうと思っていたが、手ぶらなのだ。
「宅急便って知ってますか? 悟浄。僕らの荷物は、一足先に、寺に着いているはずです。」
大きな荷物と移動なんて・・と、天蓬が言い出して、荷物は捲簾が詰めて宅配便にしたのだ。三蔵がしている方法を使ったらしい。確かに、これは楽だと、捲廉も感心した。手土産やら着替えやら、ということになると、いくら野郎ばかりでも、結構な量になるし、二人分持つのは移動が辛いからだ。
空港の駐車場から引っ張り出してきた車に乗り込むと、まずは、と、悟浄が注意事項を説明する。神仙界からやってきた神様枠の生き物という部分は、寺の女房には教えるな、と、いうところからだ。
「え? 説明してないのか? 三蔵は。」
「そりゃ説明できねぇーって、金蝉。ママニャンは、ナチュラルに人間だし、三蔵も一応、人間枠だからな。それに、そんな生き物がいるなんて信じてもいねぇーよ。」
「じゃあ、あれやこれのいろいろの暴露はなしってことですね。それは残念。」
何を言うつもりだった、と、悟浄は天蓬の言葉に呆れていたりするが、まあ、そこいらの納得は行く。悟空のことだけでも、相当に摩訶不思議な生き物というしかない。
「キラたちには暴露してもいいぜ、天蓬。あいつらには説明してあるから。・・・明日、店で歓迎の宴会やるから、そっちで盛大にやってくれ。」
「三蔵の嫁は、店で働いてないのか? 」
「裏方で、忙しい時だけだ。明日は、不参加の予定だ。」
「あの薬、効かなかったのか? 」
「いや、効いてる。かなり身体は楽になったって言ってるし、実際にも体調は良さそうだ。なあ? 悟空。」
「うん、雨が降らない限りは元気だ。金蝉、ありがと。ママの薬、ものすごく嬉しかった。」
運転席の悟浄は振り返れないが、助手席の悟空は、振り返って三人に頭を下げている。疲れてふらふらしているニールを見なくてよくなった。それは、悟空にも喜ばしいことだ。
「それからさ、人外のネタは極力、オフレコでよろしく。知らないのもいるから、そこいらは自重してくれ。特に、天蓬。」
「僕を名指しとは、失礼な。」
「おまえが一番ヤバそうだろ。捲廉、フォローよろしくな。うちのもフォローはするけど、メインはよろしく。」
「そりゃそうだろうな。金蝉は、余計なネタは喋るつもりもないだろうし。」
良識派の金蝉は、注意事項を飲み込んだら、余計なことはしゃべらない。問題は、からかうのを楽しみにしている天蓬だ。
「十日ばかり、こっちで滞在して、それから二週間、特区の西のほうへ出向く予定なんだが、悟空、時間は空けられないか? 」
「二週間か・・・・必修を二回休むぐらいなら、なんとかなるかな。西のほうって、どこ? 」
作品名:こらぼでほすと 闖入1 作家名:篠義