こらぼでほすと 闖入2
ただいま、悟空は二回生というもので教養課程がぎっしりと詰め込まれている。それらをクリアーしないと専門課程の三回生には進めない。
「昔ね、みかんを二個用意して、1+1=って質問したら、この子、なんて答えたと思います? ニール。」
それを聞いていた天蓬が横入りしてくる。誰でも解る質問だから、ニールは、「2ですよね。」 と、答えたら、いやいやと天蓬は首を横に降る。
「ばくばくって、みかんを食べて、『ゼロ』って答えたんですよ。その子が、バイオの勉強をしているなんて、ほんと、長生きはするもんです。」
しみじみと過去のことを思い出して酒を煽っているのだが、それは古過ぎる記憶というものだ。サル当人の記憶から綺麗さっぱり消去されている。
「んなことあったっけ? 」
「小さい頃のことだから忘れてるんでしょう? 僕は死ぬまで覚えていて、延々と言い続けてさしあげますよ、悟空。」
「別にいいけどさ。」
「なあ、時間に余裕のある時でいいから、学校も案内してくれよ、悟空。」
「おう、水曜か金曜ならいいぜ。」
元保護者としては、今現在の生活も知りたいらしく、いろいろと悟空について廻るつもりだ。
「ハイネ、おまえ、明日の弁当は? 」
「俺、夕方までフリーだから、こっちで寝る。」
「ああ、そうか。夜勤だったもんな。・・・・金蝉さんたちは、明日の予定は?」
「これといって決めてないんだが。」
別に、これといって予定はない。特区の西に遠征するのも、人間界への出張という体裁のためだから、実際は、顔合わせは三日もあれば事足りる程度だ。
「それなら、のんびりしてください。風呂の用意してきます。」
そろそろ、お開きの時間だろう、と、寺の女房は風呂の準備に走る。脇部屋と客間のほうに、届いていた荷物は運び込んで、布団の準備もしてある。
「おまえは、俺らの監視係か? ハイネ。」
適当に、酒に手を出しているハイネに、捲簾が尋ねる。そういう意図の人間が居てもおかしくはない。なんせ、上司様ご一行は、神様枠という、ちと他にはない種類のものたちだ。
「それは、悟浄と八戒の担当だ。俺は、ママニャンのほうだよ。あんたらのこと、何一つ教えてないからさ。フォローはしておこうってとこだ。だいたい、俺は、あんたらと今後の接点なんてないんだからさ。」
「本当に、何も教えてないんですね。」
「教えるも何も・・・普通、人外なんてのはなあ。俺だって、聞いた時は驚いたんだ。ママニャンには無理だよ。」
「ま、見た目には変わりませんからね。・・・僕らに、何かしら尋ねたいことはありますか? ハイネ。」
「そういうのは、うちのじじいーずたちが、明日にでも質問するだろう。俺は、ない。」
「わかりました。じゃあ今から、ハイネも僕の奴隷ということで。」
「ああ? 」
優雅に、とんでもないことを押し付けている天蓬は、ハイネに酒を注いでいる。気にすんな、と、悟浄が笑っているから、冗談なんだろうと、ハイネも流しておくことにした。おいおいに、いろいろとやられるのは、後になって判明する。
翌日、いつも通りの朝だ。沙・猪家夫夫は、夜のうちに帰ったので、寺には通常メンバーと上司様ご一行だけが居る。ハイネは、午後近くまで起きないので、そのまま放置して、ニールが悟空の弁当をして、朝の準備をしていると、けろっとした顔の上司様が起きてくる。あの程度では酔わないらしい。すでに、三蔵は朝のお勤めを終えて、卓袱台で新聞を読んでいるし、悟空は、朝飯を掻きこんでいる最中だ。
「おはようございます。」
まずは、目覚めのお茶でも、と、卓袱台にお茶が置かれて、さらに、味噌汁だのごはんだのが置かれて行く。とても家庭的な朝食なるものが、そこにはある。
「お好きなものを、どうぞ。もし、パンのほうがよかったらありますよ?」
これを用意しているのが、どっからどう見ても西洋美人だから、なんていうか、不思議な光景だ。
「なあ、ニール。おまえ、ここに嫁に来る前は、テロリストだったんだよな?」
「ええ、それが何か? 」
「これ、なんで作れるんだ? おまえの食生活が、テロリスト時代から和風だったとか? 」
目の前にあるのは、純和風の朝食だ。そして、昨日の料理も和風だった。捲簾としては、そこいらが、とても不思議だ。
「三蔵さんが、洋食は好かないっていうから、こっちの料理を覚えたんですよ。元々、テロリストやってた時から料理は適当にしてたんで・・八戒さんから教わりました。」
「三蔵が留守すると、洋食も作ってくれるぜ? 捲簾。だいたい、おやつは洋食が多いんだ。」
ばこはごと丼飯を食べつつ、悟空が説明する。寺での食事は、基本、坊主の意向で和食がメインだが、客によっては洋食中華メニューも登場する。居候のハイネは、朝はパンとコーヒーの人だから、そういうメニューも同時に出てきたりもする。
「どこまで、甘やかしてるんだ? ニール。こんなことをしたら、こいつ、図に乗るだろ? 」
金蝉も呆れつつ、お茶を啜る。本当に、どこまでも世話焼きの女房であるらしい。
「図に乗るっていうかさ、ママが居ないと途端に、機嫌が悪くなるんだ。」
「そりゃそうなるだろうな。・・・ニール、見捨てないでやってくれ。こいつの我侭なんて、おまえぐらいしかこなせないぞ。」
「あははは・・・我侭ってほどじゃないから大丈夫ですよ、金蝉さん。・・・味噌汁の味が濃かったら、お湯を足してください。納豆は? 」
「食ったことがない。」
「じゃあ、味見しろ、金蝉。」
悟空が、目の前にあるタマゴ入り納豆を指差す。ふーん、と、金蝉も、それを箸で摘んで味見しているが、嫌そうな顔はしていない。食べられそうだと判明したら、新しい納豆のパックと入れ物も運ばれてきて、作り方も説明してもらう。
「ニールは食べられるんですか? 」
くしゃくしゃと納豆を混ぜつつ、天蓬が尋ねる。本気の納豆は、ちょっと匂いがあるが、市販のものなら問題ないです、と、寺の女房も箸をつけている。わしょわしょと丼を平らげて、悟空は用意してもらった弁当を片手にして、飛び出していく。
「いってきまーす。ああ、金蝉たち、七時に店に行くから、それまでには帰って来いよ? 」
本日は、上司様ご一行の歓迎会ということで、店は貸切になっている。それをエスコートするのが、寺の坊主とサルなので、そのような予定になっている。
「帰るって、出かける予定もないんですけどね? 」
「まあ、そこいらを散歩ぐらいはしてみようじゃないか。金蝉は、どうする?」
「おまえらとは行かん。」
いちゃこらされるのがわかっているのだから、一緒には出かけたくない。出かけるなら、ひとりでのんびりと出かけるつもりだ。
「おい。」
「ああ、すいません。マヨネーズは? 」
「持って来い。」
作品名:こらぼでほすと 闖入2 作家名:篠義