こらぼでほすと 闖入2
金蝉が冷静に、そう説明してくれる。ニールがイメージする僧侶というのは、神父や牧師みたいなものだから、あまり、そういう聖職者が拳銃を所持していることもないものだ。
「そうですよね? それはわかります。金蝉さんは、そういうことは? 」
「俺はやらない。肉体労働じゃなくて、頭脳労働が専門だ。」
「ニール、僕も頭脳労働ですよ。肉体労働専門は、捲簾だけです。」
「嘘をつくな、天蓬。おまえも武人だろーがっっ。」
「ですが、僕は指揮するのが仕事ですから。あなたみたいに、斬り込むのは専門外です。・・・ちょうどいい。僕と散歩でもしましょう、ニール。」
と、元帥様はにこやかに誘ってくれるのだが、ニールは窓の外を、ちらりと眺めた。とってもいい天気だ。こういう時は、盛大に洗濯をしておきたい。
「洗濯してからでいいですか? 天蓬さん。」
「三蔵にでもやらせておけばいいんですよ。」
「せっかく、いい天気なんで。」
「そんなに尽くしてちゃいけません。三蔵が増長します。」
それについては、すでに手遅れかもしれない。女房を貰ってから、縦のものを横にもしなくなっている。
「捲簾さんの動きは見学させて欲しいなあ。」
「お、嬉しいこと言うなあ、ニール。三蔵は叩きのめしてやるぜ。」
「叩きのめさないでください。簡単な運動でっっ。」
「おい、いちいち、ツッコミするな。ほっとけっっ。それより、おまえ、メシを食え。」
いちいち絡んでいると、食事も進まない。ちっとも食べていない女房に、亭主が声を飛ばす。ああ、そうですね、と、女房も手を動かす。ちっとは、飯を食わせろ、と、上司様を睨むので、しばらくは無言の空間になった。
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神仙界の方っていうのは、イメージとして優雅に慈愛の瞳で微笑むようなものだと、ハイネは思っていた。いたのだが、聞こえてくる境内からの声で目を覚まして、障子を開けて、あんぐりと口を開けた。
捲簾と三蔵が素手でやりあっているのだが、スピードといい見切りの良さといい、とんでもないことになっていた。さらに、驚くのは、三蔵のほうが劣勢だったりすることだ。『吉祥富貴』でも、肉弾戦なら悟空以外は負け知らずの三蔵が劣勢なんてのは有り得ない。
「おまえも、だらけてたな? 三蔵。動きが鈍い。」
「誰が鈍いだ? 」
ぴきっとコメカミあたりに、怒りマークを貼りつかせて、坊主は連続蹴りをかましているが、相手は寸でのところで綺麗に避けている。振り切った坊主の足首を掴むと、境内の外れに、そのまんま投げていたりする。
・・・なんじゃ、それはっっ・・・・
いくらスリムな坊主とはいえ、体重は人並みにあるはずだ。それを片手で投げている段階で、すでにおかしい。で、坊主は体勢を整えて、ちゃんと地面に着地までする。どういうことだよ、ここは無重力か? と、ツッコミのひとつもい入れたくなる動きだ。朝というには些か遅い時刻だが、パジャマだけでは寒すぎる。半纏をひっかけて、本堂の前で観戦している集団に近寄った。
「雑技団の公演でもやるつもりか? 」
「おはよう、ハイネ。まだ寝てりゃいいのに。」
「寝てられないだろ? あれ、何事? ママニャン。」
「食後の軽い運動だそうだ。凄いだろ? 刹那にも稽古つけて欲しいな。」
「いやいやいやいや、せつニャン、怪我すんぞ。」
いくら、接近戦が得意な刹那とはいえ、あんな相手に太刀打ちは出来ないだろう。体よく放り投げられて終わりだ。
「ちゃんと加減してますよ? ハイネ。それに素手だから、打撲ぐらいじゃないですか。」
優雅に微笑んでいる天蓬は、そう言うのだが、あれで加減しているという段階で、とてつもなく怖い。どっちも、バッチリ急所を狙っている。打撃を加減していても、あれは痛いなんてものではない。
「メシ、用意しようか? 」
「いや、この決着を拝んでからでいい。」
こんな格闘技は滅多に見られるものではないから、ハイネも、そこに座り込む。いつからやっているのかと思って尋ねたら、かれこれ一時間になる、と、言うから、さらに驚く。
「一時間? これを? 」
「どっちも、全然、倒れないんだ。」
「これぐらいじゃ疲れません。ハイネ、後で、うちのの相手をしてやってください。コーディネーターの身体能力に、うちのは興味があるんで。」
「はあ? 俺、MS乗りだから、体術は、それほどじゃねぇーぞ。」
「でも、あなた、昨晩、捲簾と約束してたでしょ? このウォーミングアップが終ったら、誘われるはずです。」
これが、ウォーミングアップですか? と、ハイネは呆れる。一時間、こんなことをやっているのが、ただのウォーミングアップだというなら、確実に、自分は瞬殺されるに違いない。三蔵にすら、即効でダウンさせられているのだ。その上をいく相手に、対戦なんてしたくない。
「ちょっと外します。」
ニールは、立ち上がり回廊を降りていく。家事の続きでもあるのだろう。逃げたい、と、切実に考えていたら、金蝉が声をかけてきた。
「ハイネ、刹那っていうのは? 」
「ママニャンの連れ子だ。来週ぐらいに戻って来る予定なんだ。」
「それも、テロリストか? 」
「ああ、現役バリバリのな。まだ、子供だが、いい面構えだぜ。」
ちょうどよかったのかもしれない。刹那の予定がずれ込んで、三蔵の上司様ご一行の滞在中に戻って来る。ニールにしてみれば、黒子猫が戻れば、気分的に軽くなっていいだろう。
「ナチュラルの人間ですか? 」
「ああ、ナチュラルだ。あんたらとも俺らとも違う、普通の人間枠だが、生い立ちが凄いから、接近戦は、俺ら並だ。」
刹那は、戻ってくれば、悟空や三蔵と稽古している。手加減はされているが、それでも負けている感じはない。小柄な身体の利点を生かして、懐に飛び込んでいく。それは、見ていて惚れ惚れする動きだ。
「では、エージェントか? 」
「いや、マイスターだ。身体に染み付いている動きを、そのままMSでも使える。あいつのは、接近戦型のMSだからさ。ママニャンとコンビ組んでたんだ。」
「なるほど、遠距離射撃型と接近戦型か。」
ふーん、と、金蝉は頷いている。興味なさそうな顔で、境内の桜の木を眺めているだけで、稽古している二人にも興味はないらしい。
「捲簾、ハイネが起きましたから、三蔵は沈めてもいいですよ。」
天蓬が大声で叫ぶと、ふたりの視線が、こちらに向く。よおう、と、ハイネが手を挙げると同時に、捲簾が坊主の肩に一発、拳を叩き込む。それで終了であるらしい。がくっと、坊主が膝を着いた。かなりの威力の拳だった様子だ。。
「今度、本山に来たら、毎日、鍛錬してやる。あんまりサボると鈍るどころか、キレもなくなるからな。」
「サルとやってろ。」
肩の辺りを擦りつつ、坊主も立ち上がる。捲簾も、本堂の前に戻って来た。ようやく、お目覚めか? と、笑っている。
「いい感じで、身体が温まった。ハイネ、手合わせしてくれ。」
「俺、三蔵さんよりひ弱だからさ、優しくしてくれないと壊れるぜ。」
「本気で拳は使わない。コーディネーターの身体能力を見せてくれればいい。」
作品名:こらぼでほすと 闖入2 作家名:篠義