こらぼでほすと 闖入3
そんな会話のうちに、ぞろぞろとご指名ホストが現れる。四人が、お客様の前に並び、軽く会釈する。代表するように、悟空が一歩前に出る。
「ご指名ありがとうございました。どうぞ、なんなりとお申し付けください、お客様。」
今日は全員が、黒のタキシードというノーマルな衣装だ。棒ネクタイはせず、開襟シャツが色違いという、少しセクシーな感じに仕上がっている。
「じゃあ、全員、揃ったから乾杯しよう。」
運ばれてきたフルートグラスに、胸のチーフを巻き、お客様にグラスを渡す。捲簾には、悟浄が、天蓬には、八戒が、そして、金蝉には、悟空だ。三人なので、坊主があぶれるのは仕方がない。キラの音頭で気持ちよく乾杯して飲み干すと、オードブルやメインの料理が運ばれてきて、爾燕と紅も顔を出す。爾燕作成の宮廷料理風の飾りつけがされた中華だ。
「爾燕、紅、久しぶりだな。元気そうで何よりだ。」
「捲簾も、相変わらずだな。」
「紅も留学してるんですね。異文化交流はいいことですよ。」
「まあ、こういうバイトも紹介してもらって、かなり異文化交流させてもらってるさ。」
適当に挨拶して、ふたりは下がる。まだまだ、料理の用意がある。そして、ようやく三蔵が、「お客様、アルコールも中華酒にいたしましょうか? 」 と、酒のメニューリストを金蝉に差し出す。それだけで、一同、ぐっと噴出すのを堪えている。 べらんめぇーと普段喋っているのが、丁寧な言葉を口にすると、それだけで笑いのポイントにヒットする。
「お勧めは、なんだ? 三蔵。」
「白酒の古酒あたりがよろしいかと存じます。」
「じゃあ、それをくれ。」
「承知しました。」
カウンターのほうに注文をするために、三蔵が移動していく。その背中に、げらげらという笑い声が聞こえている。
「すっすげぇーな、三蔵。あんな敬語使えるなんてな。」
しかし、トダカと共に酒を運んできて、ソファに座ると、いきなりタバコを手にしていたりする。 他のどのお客様でも、三蔵は愛なんぞ囁かないし、かなり好き勝手にしている。多少は、言葉遣いが丁寧になったり世間話はするが、だいたいのお客様の目的は酔わせて、口説かれたいだけだ。そして、酔わせるには、ある程度飲ませないといけないから、三蔵の顧客単価率は高くて、トップスリーに常駐することになっている。
「ようこそいらっしゃいました。ニールの父親代わりをしております、トダカと申します。」
「いいお酒をご馳走様。ニールが父親に用意してもらったって言ってたよ。甘くてまろやかないい酒だった。」
「甘いけど後味がすっきりしていて、僕らの好みでした。あれは、販売されているものですか? 」
「ええ、お気に召したなら、あちらにお送りしますよ。」
「悪いけど頼めるかな。俺たちの上司が、土産は酒って言うんだ。」
「わかりました。先に送っておきます。住所は、本山でよろしいですか? 」
「ええ、それでお願いします。お土産なんで、代金は払わせてください。そこまで、ご迷惑をおかけするわけにはいきません。」
「いいえ、うちの娘に、よい薬をいただいたお礼です。お気になさらず。お帰りになるまでに、一度、他のものも試飲していただきましょう。寺のほうへお持ちします。」
では、ごゆっくり、と、トダカはカウンターの向こうへ引き上げる。娘というところが、ちとひっかかるが、ニールのことであるのは間違いないので、流しておくことにした。卓に用意されたのは、白酒の古酒というもので、氷と炭酸、水、チェイサーが付属させられている。それぐらい強いアルコール度数だ。
「三蔵、お酒ください。僕は、ロックで。捲簾は、ストレート。金蝉は、割りますか? 」
「ああ、割ってくれ。氷も欲しい。」
作れ、と、お客様が言えば、ホストは用意もする。タバコをもみ消して、舌打ちしつつ作って、コースターの上に依頼されたものが置かれて行く。 いつもなら、悟浄の仕事なのだが、今回は三蔵が指名されたので手を出さない。女房と、視線で笑っている。
「長生きはするもんだな。三蔵が用意した酒が呑めるなんてな。」
いつもは、金蝉が酒を持って訪れて、それをストレートで飲む。わざわざ、氷だのチェイサーなんて用意もしないし、どっちも手酌だ。こくっと飲んで、金蝉が笑い出す。
「うまいぞ、三蔵。」
「お気に召して何よりです、お客様。」
ほぼ棒読みだが、一応、接客はしてくれている。こんな言葉を吐かれるのも初めてで、捲簾は、ぐぼっと酒に噎せていたりする。そんな感じで、和やかに店で遊んだ。途中から、スタッフの紹介をして、顔見知りの爾燕や紅も混ざって、ただの飲み会になっていたが、まあ、ホスト遊びをするように面子ではないので、それはそれでよかったらしい。
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翌日は、悟空のキャンパスの見学に、上司様ご一行が出かけて行った。捲簾と天蓬は、今日はホテルのほうで泊まるというので、戻って来るのは、金蝉だけだ。とはいうものの、三蔵たちは、バイトに出るから、ニールひとりで相手をするなんてことになる。
「話題がない。」
「テレビでもつけとけばいい。」
「先に、金蝉さんにお風呂使ってもらいますよ? 一番風呂じゃなくてもいいですね? 」
「好きにしろ。」
寺の夫夫は、いつもの通りだから、卓袱台で亭主は書類を広げているし、女房のほうは、スーパーのチラシで安売りの確認なんてことをやっている。間男は、本宅へ出たので、ふたりだけだ。ニールは、人見知りするタイプではないが、それでも亭主の上司と二人きりなんてのは、緊張する。
「中華のほうがいいかなあ。」
「なんでも食うから、気にするな。」
じゃあ、買い物に行ってきます、と、女房は出かけた。午前中に、だいたいの家事を終えてしまうので、買い物も午前中だ。午後からは、昼寝して、おやつを作るから、出かける暇はないからだ。
なんで、そこまで気を遣う? と、亭主は不思議に思っていたりする。面倒なら食事の準備だけして、脇部屋に引き込んでいても、金蝉は気にしないだろう。そういう性格だが、そういうのは慣れているからのことだというのが、イマイチわかっていない。
午後の早い時間に、レイが戻って来た。まだ、寺の女房は昼寝時間で、三蔵が卓袱台で仕事をしている。勝手知ったる寺なので、レイは、居間に声だけかけると、脇部屋に直行だ。そちらの様子を確認すると戻ってきて、卓袱台の前に座る。こちらも課題のデータを携帯端末で読む作業に入る。どっちも、おしゃべりではないし、互いに気を遣う相手でもないから、どっちも自分の用事を片付ける。
昼寝から目が覚めたニールが入ってくるまで、小一時間は、このまんまだったりする。
「早かったな? 」
「ええ、ゼミだけだったので。手伝いますよ?」
「段取りはしてあるから、まあ座ってな、レイ。」
作品名:こらぼでほすと 闖入3 作家名:篠義