あなたに幸あれと私は願う
2
「それでは、魔界に帰ります」
ベルゼブブは笑顔で告げた。
自分のデスクにいる芥辺は黙って本を読み続けている。
一方。
「はい」
佐隈は穏やかな表情で返事をした。
以前のように引き留めようとはしなかった。
そのことについて、ベルゼブブは考えないようにする。
眼を佐隈からそらし、アザゼルのほうを見た。
アザゼルはソファに腰かけてくつろいでいたが、自分に向けられている視線に気づくとソファからおりた。
「ほな、ワシも帰るわ」
淡々と言い、ベルゼブブのほうにやってくる。
アザゼルが近くまでくると、ベルゼブブは歩きだした。
ドアに向かい、アザゼルと肩を並べて、ペンギンのような足でペタペタと進んでいく。
ふと。
「おつかれさまでした」
背中に佐隈の声がやわらかく届いた。
ベルゼブブは立ち止まった。隣にいるアザゼルも同じだ。
もうドアのすぐそばまで来ていた。
眼のまえに立ちふさがるようにドアがある。
ベルゼブブは佐隈を振り返らなかった。
無言のまま、部屋から出た。
ドアを閉める。
それから、廊下を歩き、召喚用の魔法陣の書かれた部屋に行った。
部屋にはグリモアが何冊も並んだ本棚などがある。
「……べーやん」
ベルゼブブのあとに部屋に入ったアザゼルが呼びかけてきた。
だから、ベルゼブブは振り返る。
「なんですか、アザゼル君」
「べーやんから頼まれたこと、今からやるわ」
閉じられたドアを背景にしてアザゼルが言った。
ベルゼブブは表情を硬くする。
自分が頼んだこと。
それは、アザゼルの特殊な力を使って芥辺と佐隈を男女の関係にするということだろう。
アザゼルがじっとこちらを見ている。
しばらくベルゼブブは黙りこんでいたが、やがて、口を開く。
「お願いします」
そう頼んだ。
そして、眼をそらし、アザゼルを振り返っていた身体をふたたび魔法陣のあるほうに向ける。
歩きだそうとした。
けれども。
「べーやん」
呼び止められた。
「まだ魔界に帰ったらアカン。ワシの術が完成するまで、ここにおって。それが、べーやんの頼みを引き受ける条件じゃ」
アザゼルの術が完成するまで。
術が完成したとき、芥辺と佐隈は我を忘れて相手を求めるようになっているはずだ。
それを見届けろと言うのか。
それが引き受ける条件なのか。
作品名:あなたに幸あれと私は願う 作家名:hujio