運命の人
六道 骸
お祭り騒ぎの2日目。0時になったらボスを連れ出せ。彼の右腕の指示に面食らった。
「シンデレラでもあるまいし、良いのですか?お偉方との話はむしろそのくらいから、でしょうに。来客との2次会は?」
「後日改めて調整する。どうせ隠居間際の暇人ばっかだからな、今日見合い云々の話をスルーできたらそれでいい。
妙な先入観を持つ前に彼女と話して欲しいだけだ。客には潰れたって言っておく」
10代目は晩生だが決めるときは決めるお方だ、と獄寺は言った。・・・・・過保護に過ぎはしないか。
見合いだの酔いつぶれるだの、僕に言わせれば牧歌的の一語に尽きる。
マフィアでなくとも、これだけの組織の長に伴侶を選ぶ権利などあるものか。政治の一部に捧げるしかないのだ。
あの強さと外見の恩恵で、多少羽目を外したところで許されているのだろうが、遅くとも数年後には節度を弁えないと侮られるというのに。
「で、何処へ?」
「任せる。うちの実家や他の守護者の家は割れてるから頼んでるってことだけ踏まえてくれれば」
「わかりました。別名義の僕の家で問題ないですね」
「おう。悪いが時間になるまで顔出さないでくれ、お前は目立ちすぎる。ご婦人方にとっ捕まってミイラ取りってこともあるからな」
幻覚を被っていけば問題ないのだが、どの道マフィアは嫌いだ。
「気にしないでください。君たち自身はともかく、マフィアそのものは消えてなくなれと思っておりますので」
「それで構わねぇ。・・・・・・・・俺たちを除外してくれるだけで十分だ」
吠えるだけが能だったような頃と打って変わった獄寺の苦笑。僕が丸くなったと言いたいらしいが、お互い様だと思った。
ゆっくり庭を歩くことにした。季節は秋、薔薇以外にも見ごろの花は多い。全部を巡るなら数時間はかかる、広い庭は、ボンゴレファミリーで数少ない僕が好きなものだ。幸い今夜の冷えはロングコート一枚でやりすごせる程度だった。
昨日みつけた瀟洒な東屋のひとつから、屋敷とは別の角度で庭を一望できるので、読みかけの本を持ち込む。夜目の利く性質でよかった。
ふとバイオリンとピアノの協奏曲を思い出し、目を伏せて苦く笑う。
あたたかなやさしい音色だった。ボンゴレの拠り所となれる女性が見つかったなら、それはそれで良いことなのだと思う。
・・・・・・・・出会えただけで良かった。もしこの先彼が逝くことがあるなら、同業全員の屍を以って墓標とすると決めている。死んだ人間に生きた人間の行動を意見する権利などないのだから。口があろうとなかろうと。
それにしても。
昨日の不思議な感覚は、一体何だったのだろう。風が吹いて、ボンゴレと目が合ったあの時。まるでもう一度出合ったような気がしたのだ。彼の様子も少し妙だった。慣れない規模の集まりに浮き足立っていたのだろうか。熱でも出したような感じだった。
本当に風邪をひいていなければいいのだが。
と、近しい気配に顔を上げた。
「・・・・・骸様。今、いい?」
「勿論。お前ならいつでも構いませんよ、かわいいクローム」
M.Mの言葉は一理あるが、僕にとっての彼女は単なる利用の対象とは違う。ヴィンデチェから出たところで、一番弟子であると同時に愛娘であることに変わりはない。この子にだけはやさしくありたいと心から思う。
美しく成長した彼女のドレスを汚さないように、ベンチにハンカチを広げると、素直に礼を言って腰を下ろした。
「骸様、ボスがお見合いするって聞いて、どう思った?」
「悪くない話だと思います。彼は守るものが増えるほど、強くなる。実際には僕らが思うほどの負担にはならないでしょう」
「好きな人が結婚するかもしれないのに、いいの?」
「おや、心配してくれるのですか。彼女に危害を加えるような馬鹿な真似はしませんよ。ボンゴレには何も期待していないといったはずです、クローム」
「まだそんなこと・・・・」
言葉を探すように視線を落とす、半身だった存在に笑いかける。
「お前は僕やボンゴレ、犬や千種のために何かをするとき、見返りを期待したりはしないでしょう?僕も、心も同じです。愛されたいと願うことと思うことは別なのですからね」
ただ、好きでいられたらそれでいい。
「骸様・・・・ボスが骸様のこと、考えることさえリボーンさんに禁止されてたって言っても、そう思うの?」
「何、ですって」
正真正銘、初耳だ。
「ボスがリボーンさんに逆らったの、骸様に会いに行ったことだけ、だよ」
見透かす力をフルに応用して、僕が辿った軌跡で逆探知をやってのけた。最初に意識だけで僕の夢へ飛んできたときは度肝を抜かれた。
回を重ねる毎、彼曰く「お見舞い」の滞在時間は長くなり、話をしたり姿を見たりできるようになっていった。
「ボスはまだ、骸様をマフィアに縛っていいのかって悩んでる。お願いだから好きって言ってあげて。私、骸様にもボスにも幸せになってほしい」
じゃ、皆が心配するから行くね。と一礼してクロームは去った。
・・・・・・・ボンゴレが、沢田綱吉が、僕を。
「まさか。・・・・・・・・ありえない」
博愛の一部でしかない思いやりの発露だろう。ショッキングな獄中の光景を見て、責任の一端を感じてしまい放っておけなかった、それだけだ。
結論をつけて思考を閉じるつもりが、このときばかりは囚われる。
期待は願望へ。あるはずのない可能性が、仮にあるとするなら。
(聞かなければ良かったか)
苦しむだけと知っているのに。
午後が午前に切り替わる頃合、裏口に回ると獄寺がボンゴレに肩を貸していた。
「お、来たな」
「獄寺隼人・・・・・一体どれだけ飲ませたらこうなるんです」
部下に担がれ、とろんと半眼を閉じ、しゃっくりを不定期に繰り返すマフィアのボス。情けないことこの上ない。
「あー、赤白とカヴァ、シェリーにスコッチ。度数で言ったらワイン一本半てとこか。前に比べたら強くなられたからな」
・・・・・・・・・・・普通の日本人の基準に照らせばよく保ったというべきか。
「君がついていながら・・・・まさか会場で潰れたんじゃないですよね」
「ああ、裏で一休みしたら気が抜けてしまわれたらしくてな。吐いてもいない」
ぺちぺちとボンゴレの頬を叩く。
「沢田綱吉。気持ち悪くないですか?」
「へーきへーき。あは、骸のどアップだーレアなもん見ちゃったなー」へらへらと笑いながら、ひくっと横隔膜を痙攣させる。
「「酔ってる・・・・・」」
忠犬と台詞が重なってしまった。こんなマフィアの頭目に、力で全く敵わない自分の背中を蹴り飛ばしたい衝動に駆られてしまう。
「じゃ、お預かりしますよ。明日は朝から?」
「ボスに定時出勤なんてねぇからな。午後からでも、何なら明後日でもかまわねぇ。少なくとも明日はアポイントないから心配すんな」
デスクワークが溜まったら手伝って差し上げろ、と主を差し出す獄寺に頷き、横抱きにして運ぶ。
心得た獄寺の部下が車のドアを開いて待っていた。さすがというか、揺れの少ない高級セダン。これなら気をつけて運転すれば、
酔っ払いでも何とか無事に乗っていられるだろう。彼をそっと後部のシートに横たえると、いきなり寝息が始まった。