運命の人
・・ボスがこんな無防備でいいはずがないのだが。まして自分を標的と呼ぶ人間に(主観的には)かっさらわれているというのに。
手を上げる獄寺にに目礼して、発車。
僕はだから、知る由もない。守護者一同がそれぞれの立ち位置から、主役のエスケープを見守っていたことに。
ましてやそれぞれの言葉と立場で、エールを贈られていた事など。
「骸様、ファイト」
「ボンゴレ、僕らがついてます」
「男なら極限甲斐性見せろ、六道!」
「今日を逃すと厄介だよ、二人とも」
「ツナ、押し倒したっていいんだからな」
「正念場です、10代目!」
くたんとしたボンゴレを、一人で運ぶのはなかなかに大変だった。体格や重さの負担が軽い彼でさえ。
無論荷物よろしく運んで下ろすだけならどうということはないが、泥酔した片恋の相手にそんな真似はできない。
家や車は以外に凹凸が多くて、意識のない人一人をどこにもぶつけないようにするのは気を使うのだ。
運んだ先は一軒家ではなくアパルトメント、但し一棟まるごと買った地下室付デザイナーズ物件。ストッパーで運ぶ先までのドアをすべて固定し、エレベータを開きっぱなしにする設定をしてから、車のドアを自分の体で押さえつつ沢田綱吉を再び横抱きにする。
頭が後ろにのけぞってしまわないよう、胸へと倒し、膝で車のドアを閉める。んー、とむずがるような声を出すマフィアの総大将に苦笑。
「もう少しですから、大人しくしていてください」ドアノブに引っかからないよう、ゆっくりと歩く。
「むくろぉ・・・・?ふふ、きもちー」
人の気も知らないで。目が醒めたらなんといってからかってやろうか。
予め確保した通路に沿って、揺らさないよう細心の注意を払いながら普段使いのベッドへと下ろした。
ゲストルームにもあるのだが、まさかこんなことになるとは思っていなかったので、掃除にやや自信がない。
今日は自分がそちらを使うことにする。幻覚でこの建物をまるごと隠してあるとはいえ、ボンゴレを寝かしつけたらすぐに戸締りしなければ。
靴を脱がせ、ジャケットから腕を引き抜き、ベルトを外した。
タイを緩めていると、不意にボンゴレが目を開けた。
「むくろ・・・・?」
「ええ。今日は僕の家で休んでいただきます。枕が替わったくらいで文句は言わないでくださいね。ほら、薬です。二日酔いが軽くなりますよ」
「ん」
ドリンク剤のキャップを目の前で開封し、小柄な背中に腕を回して助け起こしながら渡す。
顔を顰めながらも飲み干した日本人青年の背を支え、ゆっくりベッドに倒す。
僕からしたら頭一つ小さな中肉中背のからだは、しかし戦いに不足のないしなやかな筋肉のつき方をしていた。
背中や首筋、体の裏側が緻密に鍛えられていて、中学生の頃負けた理由がよくわかる。
あの頃の僕と同じ失態をする馬鹿は、これから幾人もいることだろう。
外見で判断して侮り、負ける。・・・・・・・・小柄でも押し出しの利く体にすることなど、アルコバレーノには容易かったはず。
あえて本来の体型を残したのは、見た目に実力を出さない方が圧倒的に生存率が高いからだ。もちろん、それでいい。
自分の考えに耽り、彼から目を離した、そのとき。沢田綱吉が両手を伸ばして僕の頭を掴み、ぐいと引き寄せた。息がかかるほど近くに。
「ボンゴレ・・・・?」
真正面から、焦点の合わない距離で目を正視される。さっきまでの酔っ払いは、澄んだ目で見返してきた。
「ああ、やっぱすげぇ綺麗だな。一度でいいからこのくらい近くで、その目を見てみたかった」
車とかワイン樽ごととかより、ずっといい。普段の括舌のままやや低い声音。普段と違う凄みのある笑みで、そんなことを言う。
頭がフリーズする、という経験を初めてしてしまった。僕の狼狽を見透かすように、橙の焔がボンゴレの瞳に揺れている。
「君は・・・」するりと、男としては小さめの手が滑り、僕の頬を包む。
「お前の気持ちは知ってた。どうしたらいいかわからなくて、でも嬉しくて、・・・俺も、・・・」
唐突に彼の言葉は終わった。瞼が閉じ、声は安らかな吐息に変わってしまった。
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振った女の数も殺した男の数も、覚えてなどいない僕だけど、でも。
(そこで切れるってどんな生殺しですかこの人でなし!!)
このときばかりは過去の悪行全部を棚上げして心で叫んでシーツを握り締めた。
さっきまで彼の声しか受付けなかった耳に、心臓の音が聞こえてくる。苦しいほどリズムが早くなっていた。頬が鬱陶しいほど、熱い。
何かの言い間違い、誤解だと必死に自分に言い聞かせる。同時に、頭の別の部分がかつてないほど舞い上がってるのが自分でも判ってしまう。
(本当に、沢田綱吉が、僕を?)
今夜はもう、寝付ける気がしなかった。