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運命の人

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歯を磨いてバスルームを出ると、打ちっぱなしのリビングダイニングからトマトを煮る甘いにおいがした。
そういえば昨日は、お酒ばかりで碌に食べてない。
「クフフ、やはり君には少し大きいですね、それ。食欲あるなら、簡単にブランチを用意しましたのでいかがです?」
カウンターを挟んでキッチンから、骸が腰から上だけで振り向く。
くるぶしまで届くバスローブの中、盛大に腹が鳴った。
つくづくと、ムードとかロマンスとか、そういう縁がない星の下に生まれてきたんだな、俺。
「いただきます・・・・・あと迷惑ついでにドライヤー、ある」
「ありますよ。本当は髪を短くしたかったのですが、クロームが絶対切るなと」
森を歩けばひっかかるし頭が重いし、何より戦う時とても邪魔です。洗面台から業務用らしいごついドライヤーを引っ張り出しながら、贅沢な愚痴をこぼすのがおかしい。クローム、よく止めてくれた。
「切らなくて正解だよ。すごく似合う。ビアンキがさ、お前の髪はずるいって」
「ほとんど紫外線に当たってないからですよ。白人種の髪は猫っ毛が多いですからね」
前髪を指先に絡めて摘む美青年。あれ。
「骸、なんか目、赤いよ」
気がついて何の気なく口にしたら、ついと顔を逸らし、骸は片手で目を覆った。
「・・・・眠れなかったので」
「ごめん、俺ベッド取っちゃったから、」
いえ、とやさしい否定が返る。
「僕はベッドで寝るより槍を抱いて床で寝る方が慣れている人種です。ただ、意識がなくても、君が僕の自宅にいてくれることが・・・・・酔っていたとはいえ、君が安心して眠ってくれたことが」

あの頑なだった男の、唐突な、まるで懺悔のような。
てのひらを外し、伏せた瞳をゆっくりとひらいて。
「あまりに嬉しくて、眠れなかったんです。君がくれた言葉が、笑顔が狂おしいほど嬉しくて――――心が裂けるかと思いました」
ああ、やっと。―――次の言葉を、俺は俺の全てで待った。
「好きです、沢田綱吉」
そう言って、夜薔薇を背にして見せてくれた笑みを、陽の中で、もう一度見せてくれた。
胸が詰まるような、綺麗な笑顔は、夜より昼の方がずっと儚く見えた。

強力な分慣れないと扱いにくいですから、と綺麗な男は俺をソファに座らせ、ドライヤーを手に後ろへ回った。
俺が使ってるのより音も風もすごくて、思わず目を瞑る。
右で風を送りながら、左手で器用に髪を整えてくれる感じが、なんだか美容師みたいでくすくす笑ってしまう。
一気に乾いていくのがわかるのに、熱くないのが不思議で横目を使うと、長い指が俺の耳に被さっていた。
少し注意するとわかる。直接頭に風を当てず、送風口を揺らしながら整えた束に熱を当てていた。
口より余程素直な仕草を拾いたくて、目を閉じると、風の音と強さが切り替わった。
仕上げるんだな、と思ってたら、不意に耳の後ろに、指の甲が掠めた。
大仰にびくりとするのが気配でわかる。力を抜いてじっとしてたら、項と生え際の境を、ついと撫でて。
かちりとスイッチが切れる音が、やたらと大きく聞こえた。
大まかに手串を入れる掌の窪みが、耳の上でひたりと収まったとき、俺は仰け反って男を振り返った。
むくろ、と唇だけで呼んで、目を伏せる。聡い応えは音でなく。
最初は吐息だけが触れるような、微かな感触が二度。
次いで躊躇うような一呼吸を置いて、掠めるように。
合わせ目を埋め、当てるみたいに。
遠慮がちに、下唇を食んで。
舌先が熱いものを味わうように、そっと舐めてくる。
何かとても脆いものをくるむ手つきで、髪を整えてくれた掌が俺の頬を包んで、顔の向きを変えた。
目を開けると、いつの間にか俺の霧はソファの肘掛に横座りして、背もたれに手をついていた。
俺の顔のすぐ横へ右手をついて、左手で俺の顔に触れたまま。閉じ込めるようなかたちから動かない。まなざしだけが迷うように揺らいでいる。
頬の手に顔を摺り寄せて甘え、目を閉じて続きを強請る。
熱を帯びたような甘さ。やわらかな感触。歯の境を探るぬめりを吸い上げて招き、首に腕を絡める。
途端に腰を抱き寄せられた。少しずつ臨界点を探す仕草が、一気に加速する。
呼吸まで奪われるようなそれは、俺の思考を焼ききるのに十分過ぎる熱さだった。
借り物の服の合わせ目から骸の手が入ったのに飛び上がって驚いて、現実に帰るまで。
どのくらいの時間だったかすらわからないほど酔っていた。


「あ・・・・のさ、別に嫌なんじゃなくて」
「ええ」色気が増してあたたかな温度を帯びた声。
「覚悟する時間が欲しいっていうか」
「はい」
「こういうの、俺初めてでさ」
「でしょうね」綺麗な指先が、口元を拭ってくれる。
「好きな人に好かれたことなんてなくて、どうしていいか」
「僕は恋愛感情からして君が最初です」
「ちょっとだけ待ってて。たぶんそんなに待たせないから」
「喜んで。―――――――過去も未来も身も心も、僕の全てを君に・・・・・綱吉」
初めて下の名前だけを呼ばれ、思わず顔を上げ目を合わせたそのとき。背負い縛られるなにもかもが根こそぎ吹っ飛んだ。
片目だけ涙が、睫に溜まっている。しかも、紅い方。濡れたピジョン・ブラッドの破壊力といったらなかった。
(こいつに惚れ直すの、もう何回目だっけ)
耳元で囁く声に馴染んだ名前を呼ばれて、思い知った。
どれほど呼んで欲しかったかを。
「君・・・・あの、何を泣いて」
「だって、骸」
ずっとそう呼んで欲しかったんだ。ふたりのときは、名前で呼んで。
嗚咽混じりの声でお願いすると、わかりました、と甘やかな応え。
間違ってなかったと思った。出会いも戦いもなにひとつ、間違ってなかった。すべて、今このときに繋がるなら。
指先まで痺れる幸福感で、道の先がどれだけの茨だろうと進んでいけると確信してしまう。
たったひとりの人を手に入れた。俺の人生でただ一人の、伴侶と呼べるひと。
この男の後にも先にも、俺の恋人はいないと。啓示のように、見透かす力が教えてくれる。
呪われた血が叫ぶことは、俺のことだけじゃなかった。
この男にとっても、俺が唯一と。他の誰にも目もくれず、輪廻の先の永遠をも捧げるだろうことも俺は知ってしまった。それがどれほど長く孤独なものになるか、骸自身は知る由などないのだ。俺がいない世界で仲間も愛娘も亡くしたあと、縦の時間軸を単体で追える力と魂を持つ代償を、長い長い時間をかけて、骸は払うことになる。万にひとつで済まない、俺との再会を夢見て、幾つもの生死を行き来する。魂が限界を迎える、その日まで。
いとおしさでおかしくなりそうだった。
何一つまともな言葉にならなかった。好きなひとの辛い未来を見てしまったのに、悲しむよりも胸がひたすら熱くて、喉が痞えて、震えるほどの歓喜に涙が溢れて止まらない。
懐に入れた人間にだけ優しい男は、俺が泣き止むまで、ずっと胸を貸してくれた。

俺はこうして骸に堕ちた。悪魔のように綺麗で賢くて残酷な、生ける宝石のような男に。

真昼をすこし過ぎた頃、ふたりでブランチのはずだったランチを食べた。
塩気を抑えたミネストローネ。ほうれん草のミモザサラダ。軽くトーストしたバゲットとハーブティー。
手は込んでいなくてもあたたかな皿たち。
「料理、作れたんだ。以外」
作品名:運命の人 作家名:銀杏