こらぼでほすと 闖入4
「まだ若いから、がっついてんですか? 悟浄は。そういうのは、『待て』も覚えさせないといけませんよ、八戒。」
「はははは・・・天蓬さんは覚えさせたんですね? 」
「うーん、なかなか完全に、とはいきませんが。」
「うちもです。」
しみじみと女房連中が言い出すので、亭主たちは頬を引き攣らせている。『待て』なんて覚えたつもりはない。それに、そういうことなら、おまえらも、たまには、『待て』をやってみろ、と、言いたい。どっちかが、その気になったら、相手に引き摺られているのだから、同罪だ。だが、それは言えないのが、ここの亭主たちだ。
三蔵たちがバイトに出かけてしまうと、上司様ご一行と、ニールだけが寺に残る。とはいうものの、夕刻から振り出した雨で、ニールのほうは脇部屋で、ぐったりしているので、上司様ご一行もちょっかいはかけない。熱はないのだが、身体がだるくて動けないらしい。食事だけはさせて寝かせている。
「金蝉、どんなガイドブックを用意したんですか? 」
食後、のんびりとお茶を飲みながら、天蓬が尋ねる。悟空と一緒に帰ってきた金蝉は、なぜか布製のカバンを持っていて重そうにしていたからだ。
「よくわからなかったんで、適当に買っただけだ。見るなら、あそこだ。」
金蝉は、その布製のかばんを顎で指している。そこへ手を延ばすと各都市ごとのガイドマップが三冊出て来た。京都、奈良、大阪と名称がある。そして、三冊のどれにも付箋が大量についている。事務方の仕事をしている童子様は、チェックしたところをドッグイヤーにして本を傷めたりしない。
「これは一般的なものですね。金蝉、あなた、忘れてるみたいですけど、僕らと悟空が景勝地や神社仏閣に興味があると思いますか? 」
「だが、観光地の場所を把握するには、大雑把にでも位置関係を知るべきだろ? 天蓬。そのためのポイントになりそうなものをチェックしてあるんだ。」
おいしいものを食べようという方向になるのは予測しているが、それだって、場所はバラバラだ。だから、悟空が食べたいものをチェックして、そこを探すためのポイントになりそうな神社仏閣や景勝地に付箋をつけたらしい。
「ふふふふ・・・そんなまどろっこしいことをしなくても、こういうものがあります。」
天蓬が書店の袋から取り出したのは、「グルメマップ」「食べ歩き地図」というものだ。各都市の分で計六冊を買ってきた。
「とりあえず、悟空に食べたいものをチェックさせて、地図に書き込めば、自ずと行動予定が確定する。」
捲簾たちは、そこだけに絞ったガイドブックを買ってきた。金蝉の意図と同じだが、グルメマップは場所ごとではなく、スイーツ、和食、洋食、中華、B級グルメなんていう種類別の括りになっている。
「なるほどな。じゃあ、こっちの付箋のところを、そっちへチェックしてくれ。悟空が食べてみたいと言ったのばかりだ。」
「了解。・・・・へぇーやっぱりスイーツが多いな。」
パラパラと金蝉のガイドブックを眺めると、スイーツに貼られている付箋が圧倒的に多い。
「確か、京都は祇園の辻利のパフェがナンバーワン行きたいところだったはずだ。大阪は、たこ焼きと明石焼きの店だったな。」
「奈良って、ほとんどチェックがねぇーんだな。」
一冊だけ、ちょびっとしか付箋が貼られていないガイドブックがある。奈良は、京都より古い都があった場所だが、観光地としては一ランク下がる。独特の名産品ものというのが少ないらしい。
「でも、奈良にも挨拶する相手はいらっしゃいましたね。・・・金蝉、あなたと三蔵で、奈良は行って来てください。僕らは、悟空と京都か大阪で待ってます。」
「残念だったな? 天蓬。ここには、悟空が見たがってる大仏がある。おまえらだけで雲隠れすんのはかまわねぇーが、悟空は、俺と三蔵と同道だ。」
特区で一番大きな仏様が奈良にはある。それを、悟空が見たいと希望しているので、悟空は奈良には行くつもりだ。
「しょうがないですね。それなら、僕らも同道することにしましょう。」
悟空が行きたいというなら付き合うか、と、あからさまな態度だが、童子様は気にしない。それが、今回の目的だからだ。
フリーダムは夕刻に、ラボに辿り着いた。整備やデータの抜き取りなんかの用件で多少、時間はかかったが、それでも店の営業時間内には、刹那は本宅へ送ってもらえた。
「すまんが、こいつを寺へ送ってやってくれないか? 」
ハイネが本宅のスタッフに、それを頼んでラボへとんぼ返りしてしまった。出発までにやっておくことがあって忙しくなったから、寺まで送れなかったのだ。そして、寺の現状を説明するのも、ころっと忘れていた。本宅のスタッフのほうは、そんな事情は知らないから、刹那を寺の山門の前まで送ってくれただけだ。雨がしとしとと降っているから、家には入らず境内を横切って脇部屋のほうへ顔を出した。そこには、親猫が眠っていた。薬が効いているので、ぐっすりと寝込んでいるらしく、刹那の物音に目を覚ましてくれない。ほのかに明かりが点けられているだけなので、顔色まではわからないが、寝息は穏やかなものだ。ほっとして、とりあえず、家のほうへ顔を出すことにした。こういう場合、誰かがいるはずだから、そちらに声だけはかけておこうと思ったのだが、居間から聞こえている声は聞き覚えがない。
ガラリと居間への障子を開けると見たことのない三人の男が、一斉に視線を刹那に向ける。刹那の野生の勘が、危険な生物という警鐘を鳴らす。三人のうちの二人の気配が尋常ではなかったからだ。例えるなら、刹那が子猫なら、あちらはライオンという感じだ。
「おまえたちは誰だ? 」
「いきなり入ってきて、おまえこそ、誰だ? 」
刹那が威嚇して毛を逆立てている猫のような状態だから、捲簾のほうは楽しそうに問い質す。
「あれ? この子、変った気ですね。おちびちゃん、きみは『吉祥富貴』の関係者ですか? 」
普通の人間の気に、何か変ったものが混じっている。普通じゃない生き物の集団である『吉祥富貴』のものなら、変な気配のが混じっていてもおかしくない。それにしても、変った気だな、と、天蓬は、しげしげと子供の顔を見ている。赤銅色の瞳は、警戒しているのか、ギロリと、その天蓬を睨みつけている。叩き伏せるのはやぶさかではないが、威嚇する子猫のような態度が可愛くて、微笑ましいとか思っていたりする。
「おまえたちだけか? 悟空は? 」
「礼儀を知らないヤツだな? 」
「悟空なら、バイトですよ、おちびちゃん。」
そして、こいつらは・・・と、金蝉は、警戒心を煽るような真似をして、さらに火に油ではなくエタノールを叩き込む行動に呆れている。素直に、こちらの素性を吐いてやれ、と、思っているが、金蝉すら、成り行きを楽しんで口を噤んだままだ。
「そうか、わかった。」
刹那にとって、寺に誰が居ても構わない。寺の関係者ではあるらしいから、それなら放置でいいだろう、と、踵を返す。
「おいっっ、ちびっこ、ちょっと待て。」
作品名:こらぼでほすと 闖入4 作家名:篠義