こらぼでほすと 闖入5
「天蓬、おまえの言ってる麒麟と、ニールのキリンは違うんじゃないか? 」
「ニール、キリンってーのは、首が長くて黄色と茶色のゼブラだったな? 」
「ええ、そうです。」
「そのキリンなら、世界中で飼育されてるだろう。あいつらは、繁殖させやすいらしい。」
捲簾と金蝉は、その違いに気付いたので、適当に話を摺り変えた。天蓬が言うのは、神仙界の生き物のほうの麒麟だ。某ビールのラベルになってるので有名だが、ニールは知らない。
「なんか金色のサルとかいるだろ? あれも、こっちじゃ珍しいんだぜ。」
「悟空、この間、来た時に、あのサルを蹴っ飛ばしてませんでしたか? 」
「だって、俺のおやつを奪おうとかしやがったんだ。」
「あれ、絶滅危惧種の指定をされていたんですけどね。」
「いーじゃん、本山の傍には一杯住んでるぞ。猪とかパンダとか、山に入ったら、結構、遭遇するしさ。」
「当たり前だ。本山の周辺は開発されてないからな。普通は、居ないんだよ。」
「虎って遭ったことねぇーな。」
「あれは、もう絶滅してんだろ。俺も、さっぱり見ないぞ。」
本山の周辺は、切り離された場所だから、野生動物も生存している。そこから、神仙界の側に入ると、さらに、人間界で絶滅しているのも生きていたりするから、悟空にしてみると、絶滅危惧種なんてものだとは思わない。だいたい、自然界の総大将なんだから、全ての生き物は、悟空に平伏してくれるから、襲われることもないのだ。
「本山って、すごいとこなんですね。」
「あははは・・・ニール、ど田舎って言うだけですよ。」
「天蓬、辺境地と言え。」
「だって、事実でしょ? 寺院から街まで車で半日はかかるんだから。」
そのうち、あなたも来ることになるんでしょうねぇ、と、内心で呟いて天蓬は微笑む。この様子だと、悟空にはニールも必要だと思われるからだ。
午後前に、上司様ご一行と、悟空、三蔵は徒歩で出かけた。車の手配を、と、ニールは言ったのだが、滅多にバスと電車に乗らないから経験してくる、と、上司様たちに言われたからだ。まあ、そんな辺境地には、バスも電車もないんだろうな、と、山門から見送って、内へ入った。
「出かける前に、冬支度」 と、悟空がこたつやら暖房器具やら用意してくれたので、居間や客間、脇部屋に、それらが配置されている。この雨では洗濯物は乾かないから、全自動で乾燥までお任せだ。
「おやつでも食べて、横になるか? 」
昼には少し早いが、黒子猫は早めに叩き起こされたので、まだ疲れもあるだろう。軽く腹に入れて横になればいいだろう、と、親猫は勧める。これから二週間ばかり、基本、親子猫二人だけだ。出入りはあるものの、常時居るのはふたりということになる。久しぶりに二人だから、どちらも気楽な気分になる。
「あんたは横になったほうがいい。寝ろ。」
「そうだな。たまには自堕落なことでもさせてもらうか。」
ちょうど、いい感じにこたつがある。親猫はそこに足をつっこんで寝転ぶことにする。枕代わりに座布団を二つ折りにすると、刹那が近寄ってきた。
「俺は、ここでテレビでも見るから、おまえさんも好きにしな。」
「ああ、ひとつ忘れていた。」
「ん? 」
黒子猫は、親猫の前に屈みこんで、親猫にぎゅっと抱きつく。そして、「ただいま、ニール。」 と、挨拶する。そうだった、と、親猫も黒子猫の背中に手を回して、ぎゅっと抱き締める。今回も無事だったと体温で感じられる瞬間だ。
「おかえり、刹那。」
「昨日、言い忘れた。すまない。」
「しょうがないな。昨日は、それどころじゃなかった。」
親猫はダウンしていたし、得体の知れないのが三人も居て、刹那としては、それどころではなかった。まずは、親猫を護らないとならない、と、庇った。そんなわけで挨拶どころではなかったのだ。三蔵の上司さんたちが、仕事で特区へ出て来て滞在しているのだ、と、騒ぎの後で親猫も説明した。別に、黒子猫は、それで驚いたり人見知りしたりしない。親猫に危害が加えられないなら、問題はない。
「せっかく、戻ってきたのに雨とは残念だったな。」
ふたりして、こたつに足を突っ込んで、ごろりと横になる。長方形のこたつの長さが短い一辺に、親猫は寝転んでいて、黒子猫は、となりの長い一辺から足を入れて、親猫の傍に寝転んでいる。
「別に問題はない。」
「フリーダムの整備は? 」
「昨日、俺がやらないといけないところはやってきた。後は、整備の人間がやってくれる。」
「手伝ったほうがいいんじゃないか? 」
「晴れたら行く。」
体調の不安定な親猫を、一人にすることは、黒子猫にはできない。いつもなら、寺には坊主と悟空がいるから出かけられるが、今回は刹那が親猫の担当だ。だから、しばらくは行かない。整備のスタッフも、それを知っているからか、「ニールの相手をしてやれ。」 と、整備もそこそこに送り出してくれた。
「そうだな。二、三日で雨はあがるらしいから、それからでもいいな。」
親猫のほうも、できれば黒子猫が滞在できる間は、できるだけ世話をしてやりたいので頷いた。
「次は、アフリカ大陸を予定している。」
「・・・そうか・・・」
「何か見たほうがいいものがあるか? ニール。」
「大陸っていうなら、端っこにピラミッドっていうのが建ってるぞ。あれ、世界遺産だ。」
「ピラミッドか。」
「他にもあると思うんだが・・・俺の部屋に写真集があるよ。持ってこようか?」
「後でいい。あんたは寝たほうがいい。」
レイが贈ってくれた写真集は、有名どころのものだったから、たぶんアフリカ大陸に関するものもあったはずだ。軌道エレベーターは赤道付近にあるので、そこいらだと、野生動物の保護区があるはずだ。そこには、生きた動物がいる。そういうものも見たほうがいいんだろうな、と、親猫は考えていて、ふと思い出した。刹那には、ペットがいた。
「なあ、刹那。キラから貰った青い鳥は? 」
鳥型マイクロユニットだから、名称は「トリィ」という、とてもストレートなものを刹那も貰った。それが一緒のはずなのに、どこにもいない。
「フリーダムにいる。電源を落として忘れていた。」
バタバタしていたので、フリーダムに忘れてきたらしい。どうも、この黒子猫には情緒というものがない。一人で放浪しているから、寂しくないように、と、渡されたのだが、あまり動かしていないのだろう。
「可愛くないのか? 」
「あれはマイクロユニットだ。可愛いとは思わない。」
「そういうもんかなー俺だったら、ずっと手元に置いて動かしておくけどな。」
「あんたは、そうだろう。」
以前、ニールには専用のハロが居た。デュナメスの稼動を補佐するために、用意されたものだったが、どこへでも連れて歩いていたのだ。AI搭載型だから、会話も学習していくので、ニールは何かと話しかけていた。生き物のように相手をしているのを、刹那は不思議に思っていたが、今は、ちょっと解る。親猫は寂しがり屋だ。だから、傍に居るハロを生き物のように扱っていたのだと思う。
「ハロが欲しいなら、アスランに頼めばいい。」
作品名:こらぼでほすと 闖入5 作家名:篠義