こらぼでほすと 闖入5
「いや、別に欲しいとは思わない。おまえさんこそ、ハロを用意してもらえばいいんじゃないか? あれは便利だぞ? 」
「俺には必要ない。」
「けど、整備するのも手伝ってくれるしさ。」
それに会話もできるし、楽しいだろ? と、親猫は言い募る。黒子猫は、ひとりが苦痛ではない。むしろ、そのほうが気が楽なタイプだ。ずっと、横からぐちゃぐちゃと喋られるのは迷惑だったりする。だから、親猫の意見には賛同しかねる。
無言で立ち上がって、客間に毛布を取りに出向いた。それを持って来たら、親猫は、すでに寝ている。そりゃそうだろう、と、黒子猫は、それをそっとかける。雨で天候が不安定なのだ。空元気なんてものは、そうそう続かない。
「俺は、あんたがいなくなると寂しいと思う。それだけだ。」
くーすか寝ている親猫に、そう黒子猫は声をかける。それを当人に直接言うと、また落ち込みそうだから言えないが、黒子猫の気持ちとしては、そういうことだ。なんにも持たない黒子猫だが、親猫だけは帰る場所でいて欲しい。それがあれば、帰ろうと思うし、一人でも寂しくない。
雨音は続いている。急ぐ用件もないので、黒子猫はテレビを消して、携帯端末を取り出した。チェックしそこねているニュースや情報を確認することにした。
トダカが荷物を片手に顔を出したのは、午後からだった。ウィークデーだから、トダカも一人だ。寺の留守番に二週間、こちらに居候するつもりで荷物を抱えてきた。着替えではなくて、ほとんどがアルコールだったりする。寺の坊主は、基本焼酎の人なので、トダカの好みの酒はないからだ。別に寝るのは、ベッドでも布団でも構わないが、晩酌だけは気に入ったもので〆たいという酒飲み独特の理論があるらしい。玄関に荷物を置くと同時に、黒子猫が廊下に顔を覗かせる。
「やあ、刹那君。」
片手を上げて挨拶すると、黒子猫もぺこっと頭を下げて走ってきた。
「ニールが寝ている。」
「ああ、送り出して潰れたんだね? それじゃあ、きみはお昼もまだなのかい?」
「ニールが起きたら食べるつもりだ。」
「ふーん、たぶん、夕方まで寝てるんじゃないかな。・・・それなら、何か簡単なものでも作ろう。どうせ、ニールの分も作らないといけないし、あの子に薬を飲ませないといけないからね。」
漢方薬治療で体調は、すこぶる良くなっているが、それでも飲まなければならない薬はある。居間に顔を出すと、ニールは毛布に埋もれて、くーすか寝ている。お客様が出かけて、黒子猫が帰ってきたから、思い切り気が抜けたのだろう。ゆっくりすればいい、と、トダカも微笑んで、そのまま静かに台所へ入る。
揺すぶられて、ニールが目を覚ますと、黒子猫の顔がある。ぐっすりと熟睡していたらしい。あふーと起き上がったら、こたつの向うにトダカの顔だ。
「それ、少しでも口にして薬を飲みなさい。」
目の前には、温かいうどんがある。はれ? と、時計を見たら、かなり昼を過ぎた時間だ。寺には常時、冷凍うどんが一ダース単位で置いてある。簡単なものを作るとなると、そこいらになる。
「トダカさん、いついらっしゃったんですか。」
「つい、さっき。刹那君がお昼は、まだだって言うから、適当に作ったんだ。」
「・・・あ・・すいません。」
「ちゃんと布団で横になったほうがいい。まだ、雨は続くらしいからね。」
予報では、二、三日降り続く。こういう場合、ニールはぐだぐだでダウンしているのが、常だ。黒子猫が帰っているから、お客様の接待が出来ただけで、現状はあまりよくない。ほら、温かいうちに、と、トダカが再度勧めると、ニールも、はい、と、手を出す。
「二週間、世話になるよ。たぶん、レイとシンも居候するつもりだと思うけど、世話はしなくていからね。」
「まあ、できる範囲で。でも、トダカさん、店まで遠くなるでしょ? 」
トダカのマンションは、店から徒歩十分だから、寺に滞在するほうが出勤時間はかかる。
「別にクルマで移動するなら、大したことはないさ。それより、娘さんと孫と、まったりさせてもらうほうが楽しい。」
「晩酌の肴は任せてください。」
「今日はいいよ。」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。具合はいいんですよ。」
ニコニコとニールは笑っているので、トダカは息を吐く。それは、黒子猫がいるからで、別に具合がいいわけではないのだ。
「刹那君、きみのママを、あまり働かないように監視しておいてくれ。」
「わかっている。」
ずるずると、うどんを食べつつ、刹那も頷く。自覚症状のないのはいつものことだ。適度に、動きを止めればいい。好天するまでは、ナマケモノモードにしておくのも、いつものことだ。
「三蔵さんの上司さんたちは、どうだった? 娘さん。」
「いい方たちですよ。ていうか、俺、あんまり若いんで、びっくりしました。上司って言うから、トダカさんかアマギさんぐらいの年齢だと思ってた。」
「あーまーねー。」
トダカは、人外のご一行様が、見た目の年齢でないことは知っていた。あれで、千年単位に年が離れているのだから、知らないニールは驚くだろう。
「うちの娘さんは、三蔵さんの女房に相応しいと思ってくださったのかな。」
「どうですかねー。世話のしすぎだとはおっしゃってました。」
「そりゃ指摘されるだろうさ。本当に、世話はしすぎだと、私でも思う。」
「そうかなあ。そういや、虎さんにも、俺、『ダメ人間製造機』って言われたっけ。」
「あはははは・・・うまいこと言うなあ、虎さん。」
少なめに盛られていたうどんを食べ終わると、黒子猫が薬と水を運んでくる。無言でぐいぐいと口元に押し付けられるので、ニールも文句を言わずに、それを口にする。
「刹那君、布団は敷いてあるかい? 」
「ああ、そのままにしてある。」
「じゃあ、寝かしつけてきなさい。ちゃんと寝るまで監視しておくんだよ? 」
「了解した。ニール、移動だ。」
ぐいぐいと腕を掴んで、黒子猫は引っ張る。いや、洗い物が・・・と、親猫が立ち上がらない。食べ終わったものくらい洗わせてくれ、と、親猫が抗議するので、トダカも立ち上がる。
「もう、しょうのない子だな。ほら、娘さん、お父さんも付き添ってあげるから立ちなさい。」
「いや、洗うだけ。」
「そんなのシンにさせておくから。あんまり駄々っ子するなら担ぐよ? 」
トダカは腰が悪いので、そんなことをさせて、腰を痛めたら大変なことになる。ある意味、脅しだ。そう言われると、ニールも大人しく立ち上がる。さすかに、トダカには逆らえない。
シンとレイは、とりあえず当座のものだけ運んできた。トダカの作っていたうどんを食べて、一緒に出勤する。脇部屋のほうに、顔だけ覗かせて、刹那に声だけはかけた。勝手知ったるなんとやらだから、適当に自分たちの居座る客間の準備もしておく。
「俺とレイは、一時限のある時は、家に帰るけど、それ以外は、こっちに居候するから。」
作品名:こらぼでほすと 闖入5 作家名:篠義