春夏秋冬
旅立つ秋
家の都合で転校することになったそうだ、と朝のホームルームで担任が言った。
その脇にも、教室内にも、当事者はいない。おれは机に突っ伏したまま、ちらりと窓際の座席を見て思った。
からっぽだ、としずかにおもった。
田島悠一郎という人間がいる。中学から一緒で、それでも同じクラスになったことは一度もなかった。だからおれは安易にも、彼と交わることなくそのまま過ぎ去るものだと思っていた。接することもないまま。高校最後の年に同じクラスになるとは露ほども思ってもいなかったのだ。
田島悠一郎。
かつて彼は人気者だった。
明るく、自由奔放で、誰をも恐れない目をしていた。運動もよく出来、そして何よりも絵が天才的に上手かった。
そういった教室に通っていると聞いてはいたが、彼は様々なコンクールの賞を総嘗めにしていた。
それが二年前までのことだ。
悩み事など何もないような顔をして、けらけらと田島がわらっていたのは、もう二年も前のことになる。
二年前。
今と同じ季節に、田島は利き腕を怪我した。
彼が口を閉ざすようになったのはそれからだ。それから田島は絵を描くことも、人と話すことも放棄した。呆気ないほど容易く。そして自ずと人が集まっていた彼の席は、いつしか誰も寄りつかなくなっていった。
線を張り巡らせたような、静寂。
田島の周りには、誰もいない。