舞花~第一章~
―箔―
藍と合流した玄関ホールからまっすぐ伸びた廊下を歩いてきた。
その途中途中には階段があって上の階へと続いていた。
それを横目に見ながら正面に現れた大きな扉。
「マスタング准将、ここがメインホールになります。」
藍が扉を開ける。
そしてそこに広がっていたのはなんとも不思議な光景だった。
「あれが華舞台、そして四隅にそれぞれ蒼の舞台、紅の舞台、黄の舞台、白の舞台です。」
フラウズ学院は養成所や訓練施設、宿舎があるので、
それは相当な敷地になるのだが、花の庭もそれに負けじと広い。
そしてそのほとんどがこのメインホールとなっていた。
メインホールには四隅と中央にステージが設置されていた。
中央のステージが華舞台と呼ばれていて360度、どこからでも見れるようになっていて、一番豪華な作りだ。
「華舞台では、優秀な花のみが立つことを許され、花主様を持つ花の芸の披露場です。」
「他のステージにも何かルールがあるのか?」
「はい、白の舞台では今晩が始めての花。
紅の舞台、黄の舞台では花主を探す花。蒼の舞台ではお客様が連れた花ならば誰でも立つことを許されています。」
「いろいろあるのだな・・。」
今はどうやら華舞台には花が居ないらしく、四隅に人が集まっていた。
ロイはまず、何処に行けばいいのか分からなかった。
「マスタング准将は花をお探しにいらしたんですよね?でしたら、紅と黄ですね。」
「いや・・私は・・・」
「・・ぁ・・。」
「・・どうかしたのか?」
「すいませんっ!!」
何かを見つけたらしい藍が突然華舞台に向かって走り出した。
ロイもとりあえず、その後を追った。
「箔様っっ!!」
藍がおそらく花名であろう名を呼んだ瞬間、周りが明らかにざわついた。
ロイは面倒事は御免と思い、藍を見失わない程度に傍に寄り様子を伺った。
今、箔と言わなかったか?――
箔ってあの箔か?――
ざわざわとする中から聞こえる声からは『箔』という者に好印象は受けとれない。
相変わらずざわつく中で藍は一人の少年の前で立ち止まる。
その少年の姿は所謂『花』ではない。平凡な黒いスーツを上下に着ている。
そして怪我をしているのだろうか、松葉杖をついている。
だが、髪の毛は長いようで後ろで一つに束ねたものを前肩にかけている。
その髪はとても美しく、透き通るような金色の髪だった。
長い前髪でその顔はよく見えないが、服装が違うだけで恐らくは花であろうことは分かった。
「箔様っっ!!」
「・・・・藍?」
「箔様、どうしてこのような場所に・・」
ロイには藍とその箔という名の少年が何を話しているのかまでは聞こえなかった。
藍は箔をこの会場から連れ出そうとしているようだった。
だが、箔の方はそれを困ったように断る。
「今日さ・・アイツが来るんだよ。」
アイツという単語を聞いた瞬間、藍の顔から血の気が引いた。
箔の顔色も少し悪い。
「・・・まさか・・」
「学院長から聞いてね。」
「・・・・どうしてっ!!!!」
「大丈夫だよ。」
「傍に居させて下さい。」
「・・駄目だ。」
「箔様っ・・」
藍はどうにかここから箔を連れ出したかった。
それが出来ないならばせめて傍に居ようと思うのだが、箔はそれを許さなかった。
「まだ蕾だろう。役目はどうした?」
「・・・・あっ・・」
箔に言われて藍は思い出す。
今日は役目があってここに来ている。
ロイの案内をしなくてはならないのだ。
「ほら、戻って。」
「・・・・はい、」
「また後でな。」
背中を押されて仕方なく藍は箔から離れた。
そして藍はトボトボとロイの元へ戻ってくる。
ロイの前まで来て、頭を深々と下げた。
「マスタング准将、すみませんでした。」
「いや、構わない。それより・・・彼は、いいのか?」
「・・あの、・・しばらく見ていてもいいですか?」
「何かあったのか?」
「はい・・・・。」
「・・?・・あれは、」
「グレイグ中将。」
ロイと藍が箔を見ていると、視界の端にグレイグ中将が現れた。
グレイグ中将には美しく着飾った花が寄り添っていた。
てっきり華舞台へまっすぐに向かうのかと思いきや、その手前に居た箔に話しかけた。
周りに居た人達は自然と距離を置いていた。
箔は少し顔を俯け挨拶をする。
その顔に躊躇なく手を伸ばし、グレイグ中将は箔の顔を上げさせる。
するとさらりと髪が流れ、隠れていた顔が見えた。
その瞬間、スゥッ――と皆の息をのむ音がした。
箔はこの場にいる花の誰よりも美しかった。
髪と同じく透明感のある長い睫毛。そこから見える金色の瞳。
その瞳は全てを見通し、吸い込んでしまいそうな、美しさ。
見るものによっては恐怖をも感じるであろう。
皆が立ち止まり見惚れていると、
グレイグ中将は箔にそっと顔を近づけ唇に口付ける。
「・・・っ・・!!!!?」
「・・なっ!!!??」
藍が唇を強く噛む。
ロイは今目にした光景に驚いた。
確かに噂には聞いたことがあった。
あまりの美しさにその一線を越えてしまうことがあると。
元々、軍人の世界というのは男の数が圧倒的に多い。
戦場などの特殊な環境も影響して、そういう輩は普通に存在する。
花ともなれば見た目は少女にしか見えない。
ロイもそういうことは当然ありえることだろうと思っていた。
だが、こうも公然ととは思っていなかった。
(やはり・・・花など好きになれんな。)
ロイも箔の美しさには見惚れた。
だが、やはり嫌悪感を抱く。
(何が取引だ・・どうみたって人身売買だ。)
グレイグ中将は確かに信用など出来るような人物ではない。
だが、今ロイの目には人間のくずのようにしか映らなかった。