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犀と歩く

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「旅の終わりは考えていたよりも、随分呆気ないものでした」
豊かな髪を耳に掛け、ミサトは視線をこちらに向けた。
「知っての通り、ぼくの家出と同じで、諜報部に見張られていて、満足に旅と言えるものじゃなかったかもしれない。だけど、彼が望んでいた湖まで着いたら、ぼく自身何か変わるのかもしれないという僅かな期待もあったんです。彼との旅はたのしくて、無邪気に笑えて、お腹が痛くなるまでわらったのって初めてだったんです。生えている猫じゃらしをススキと間違えたり、博識なのか、どうなのか分からない人でした。頭と経験がちぐはぐだったのかな。たぶん、それは自分も同じだったんでしょうけど。ぼくは急いで大人になろうとしていた。彼はこどもであることを楽しんでいる節がありました。ミサトさん、ぼくはね、今なら、彼に何だってしてあげたいとおもう。寒いなら手を繋いであげたいとおもう。気持ち悪いでしょう」
おどけたようにわらったが、ミサトは笑い返さず「いいえ」と首を振った。
「気持ち悪くなんてないわ。わたしも、同じだから。歳を取りたくないってよくリツコと笑うけど、歳を取った今だから分かることだってあるのよね。嫌になっちゃうけど」
「そうですね、スニーカーから、ぴかぴかの革靴に履き替えても尚、ふとまだあの頃の自分が重なるときがあるんです。あのときのぼくはこう考えたろうな、今はこう考えるなって」
同窓会のように皆で集まると、決まってトウジはあの頃は良かったと言う。辛かったけれど、よかった。と、何度も頷くのだが、誰の賛同も得ないのが常だった。
「ミサトさん、犀の角のようにただ独り歩め、って言葉知ってますか」
以前とは反対にこちらが質問した。
湖は静かで、声がよく通る。
「仏陀の?」
「ええ、それをね、彼に教わったんです。辛いときになると、急に思い出したりします。ただ独り歩めって。でも、後々本を読んだら、こんな風にもあったんですよ。「もしも汝が、賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者を得たならば、あらゆる危難にうち勝ち、こころ喜び、気をおちつかせて、かれとともに歩め」って。ぼくは、彼とともに歩いていたかった、ずっと」
すきな子にするみたいに、無邪気に、でも邪に、触れたい。ふれたいと、おもう。
あのとき、彼と旅していたあのときでは、分からなかった。彼がどういう意図で口付けたのか、真意が掴めなかったからだ。彼が答えを口にしていたというのに、言葉の裏ばかり探ろうとしていた。
終わりのないかくれんぼなんかないんだよ、と彼は言ったが、いつまでたっても、彼は見つからない。
「シンジくん」と呼ばれて顔を上げた。
「これ」
差し出されたのは、長四角の封筒だった。
ミサトの爪にはマニキュアは塗られておらず、角が欠けていた。多忙振りが窺える。仕事を抜け出してまで連れて来てくれた理由が、シンジには分からなかった。
「何ですか」
消印は十四年前。シンジが初号機に乗っていた頃だ。
「預かってたの、十四年前に。十四年後のきみに渡してほしいって」
裏返すと、差出人の名前が書かれてあった。初めて、彼の字を見た気がする。斜めがちで、角ばっている字だ。
「今になって」
「ひとまわり経てば、独りで歩いているだろうって、信じてたんでしょう」
読みたくないと強く思った。
旅の終わりの地で読めば、きっと泣いてしまう。十四に戻ったように、泣き喚いてしまうような気がした。
封を手で千切る。
手は震えていたが、ミサトが見守っていてくれることが伝わり、背筋をぴんと正した。
手紙の始まりはこうだった。
碇シンジさま。
えらく格式ばった始まりだった。
作品名:犀と歩く 作家名:夏子